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木材〜トーンウッドの知られざる世界 第3回

闇夜に吠えるスプルース

今回は北半球の代表的木材、スプルースについてのお話です。カナダ、アラスカからロシア、ヨーロッパにかけて広く分布するスプルースはバイオリン属、ギター属、ピアノなどの楽器材としてはもとより、建材や内装材、爪楊枝としても世界中で大量に流通、消費されている材ですね。

む、む、ム〜ン……

 スプルースは、世界中で大きく分けて30種類ほどが確認されていますが、楽器用に用いられるのはその中のわずか数種のみです。そのほとんどが、表甲板、響板、サウンドボード、もしくは単純にトップ板などと呼ばれる、音そのものを左右する部分に使うため、楽器製作家の誰もが最も気をつかう部分であると言えます。

育ち盛りのドイツトウヒ(スプルース)たち

 楽器製作家は材を選択する際、種名や産地、そして個体の選別は誰でも行いますが、中でもヨーロピアン・スプルース(主にpicea abies=ドイツトウヒ)については“伐採時期”を特定した材をチョイスすることができます。私がその存在を知ったのはわずか7〜8年前のことなのですが、林業の最前線では大昔から普通に行われていた伐採方式だそうです。その伐採方式とは、季節と月の満ち欠け、いわゆる月齢に応じてその伐採日を特定するというものです。同じような言い伝えはヨーロッパだけでなく、日本はもとより、南米などでもあります。

月齢について

 ヨーロッパでは名づけて“ムーンウッド”としてスプルースが、日本でも“闇狩り”“新月伐採”などと呼ばれてスギやヒノキが伐られているようです。具体的には、真冬の月が下弦から新月にいたる直前の数日が、その伐採時期に該当し、加えて木が生育している高度や気候によっても多少の前後を勘案するという念の入れようです。下弦から新月というのはとても暗い状態ですが、時代劇的は犯罪の決行日、林業従事者においてはビジネスの雌雄を決するスペシャル・デイだったわけです。現在、このような特定日伐採材は楽器だけでなく、建材などにも使用されています。ムーンウッドの部屋でムーンウッドのギターを弾くことも可能なわけです。

闇夜に伐られる美味なるスプルース

 過去のヨーロピアン・スプルースの推奨伐採日を記した資料がありましたので記しておきます。

2003年 1/1〜2(山岳・寒冷地帯では1/30〜31も) 12/22〜23
2004年 1/20〜21 12/11〜12
2005年 1/9〜10 12/1 12/30〜31
2006年 12/20(山岳・寒冷地帯では1/27〜28も)
2007年 1/17〜19 12/29〜31

※“…und du begleitest mich" Ervin Thoma著より引用

 これをご覧いただいておわかりのとおり、年間わずか数日間しかなく、それもクリスマス前後から年末年始の何とも忙しい時期にかぶっています。まじめな林業従事者のご家族はさぞかし寂しい思いをされたことでしょう。「お父さんはサンタさんなので、しばらく家には帰ってこないの」、そんな暖かく嘘くさい会話が聞こえてきそうです。真冬の雪深い山中にでかけるお父さん、道なき道、急斜面、凍える大気、熊は冬眠しているとしてもオオカミとかに襲われたりしないのでしょうか? そんな命の危険をおかしてまで特定の日に木を伐採するとどんな特典があるのでしょうか? 平たくその特典を申し上げますと……。

1. 燃えにくい
2. カビに強い
3. 腐食に強い
4. 害虫に強い
5. 割れ、狂いが生じにくい  
6. 長く使える

 てっ〜(去年は、じぇじぇじぇっ) これが本当なら素晴らしい木じゃないですか! もちろん、これらの特典を得るには、特定の伐採時期を守るだけでなく、木を倒す方向(谷側に)、葉っぱを付けた状態で長期間乾燥放置する(葉枯らしといいます)、製材後の天然乾燥を徹底する、これらの要件をすべて完璧に満たした時に得られるもののようです。こういった材をギターに使った場合、“軽くて応答性が良く、長い期間エイジングさせた古材のような特性を持つ、硬性が高い、密度が高い、湿度変化へのタフネスが高い”などといった反応が紹介がなされています(アコースティック・ギター・マガジンVol.55/アーヴィン・V・ソモギ氏コラムより)。

月の満ち欠けにまつわる神秘

 どうしてそんな有難いことになるのでしょうか? 植物の成長と内部の水の働きには密接な関係があり、その水の動き方には月のサイクルが大きく影響を及ぼしている(真冬の新月に近い時、木は蓄えている水分量がとても少ないということ)とチューリッヒ大学発行の専門誌に論文として発表されています。加えて、国内学者の実験では新月伐採材の乾燥時、木質内部のデンプンがバクテリア繁殖を防ぐ効果のあるフェノール成分に変わっていたなどという結果も出ているようです。このような結果、上述のように木質変化した材が得られるという主張です。他方、このような変化を非科学的と決めつけ、やはり微々たる対照実験だけで完全否定する人もいます。

 世の中には有効な事象、現象だけが先行し、それを科学的に説明できないことはいくらでもあります。だいぶ余談ですが、私はお昼の日テレ系ワイドショー木曜放映『あたなの知らない世界』by新倉イワオの大ファンでした。『笑っていいとも』はおろかその前身の『笑ってる場合ですよ』さえ始まっていなかった時代の話です。放送作家の新倉イワオさんが凄いのは、とても怪奇でおぞましい私の知らない世界を饒舌に解説なさるところで、夏休みを悶々と過ごしていた私はその夜、とても怖い夢を見ました。昨日会った人の名前が思い出せないのに、幼少期の記憶だけは鮮明に蘇ります(これが危ないらしいです)。

 話はそれましたが、ここからは私のムーンウッドに対する考え、思いです。建材としてのムーンウッドは体感したことがないので割愛しますが、楽器用のムーンウッド、(これは今のところスプルース材に限られているようです)、これはトーンウッドとして相当良いです。何が良いって、伐採のストーリーだけでご飯3杯くらいいけます。自分の楽器に使われている木が真冬の新月闇伐り仕様だと考えただけで、何だかヘソ下あたりがきゅんとなりませんか? 出音の優位性については、好みの問題もありますのでどうのこうの言えませんが、板をコツくだけでも、何やらとてつもないポテンシャルの高さを感じてしまうのは私だけではないと思います。では、ブラインドで“ムーン/非ムーン”を比較して判別できるか? あいにく私にはその自信はありません。当たる確率はせいぜい55%です。でも、なぜかこのムーンウッドには確実に強烈なシンパシーを感じてしまうのです。

伊豆大島にて 撮影:岡山正宏 

 月と地球自然界の関係の中で起こるさまざまな事象、現象は昔から世界各地で数多く報告されています。海の潮汐作用は言うに及ばず、ウミガメの産卵、生物の移動、人間のお産、性別の決定、交通事故の発生頻度、狼男の変身などなど、さまざまな部分で知らないうちにあらゆる生物、植物は月の影響を受けているということは間違いなさそうです。何十年、何百年と生き続ける立ち木に影響があっても当たり前ですよね。メカニズムが解明されなくても、私はムーンウッドが好きですし、非ムーンウッドも好きです。スプルースは最高のトーンウッドのひとつであることに間違いありません。北国育ちのトウヒ嬢と南国育ちのエキゾチック・ウッディマンが相まみえるギター……考えた人、ホントすごいですよ(同郷のカップルもいますが……)。

神秘と商売は違うのよ

 最後に、この種の高付加価値材に関わる人の中には、“実はストラディバリウスの甲板材や法隆寺の建材は、この材が使われていた”などという方がいます。本当にそうだったらいいのになと思う反面、売りたい、広めたいという気持ち先行でポジティブシンキングし過ぎると、怪しい健康食品のようになってしまいますので、ほどほどにしていただきたいです。まだまだムーンウッドは我々の知らない世界なのですから……。


ムーン・スプルースなギター

 というわけで、実際にその違いは自らの感性でお試しいただくことを推奨いたします。少数ながらムーンウッドを用いたギターがヒットしますので、ぜひに。

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次回は(6月23日/月曜日)、“晴れた空 そよぐ風”憧れのハワイアン・コア路の巻、お送りします。それでは、アロハ オエ。

プロフィール

森 芳樹(FINEWOOD)
1965年、京都府生まれ。趣味で木材を購入したのが運の尽き、すっかりその魅力に取り憑かれ、2009年にレア材のウェブ・ショップ、FINEWOODを始める。ウクレレ/アコースティック・ギター材を中心に、王道から逸れたレア・ウッドをセレクトすることから、“珍樹ハンター”との異名をとる。2012年からアマチュア・ウクレレ・ビルダーに向けた製作コンテスト“ウクレレ総選挙”を主催するなど、木材にまつわる仕掛け人としても知られる。

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