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【#_SUPERCOMBO_ の機材夜話】第3回 ループ・シーケンサーが音楽制作に与えた影響

ループ・シーケンサー

クラブ・ミュージック・カルチャーからの視点で音楽制作ツールを語る#_SUPERCOMBO_ の機材夜話。今回のテーマは“ループ・シーケンサー”です。オーディオ・データの音高やテンポをリアルタイムに変えることは、今となっては当たり前ですが、DAW黎明期の当時にとっては非常に画期的な機能でした。#_SUPERCOMBO_ の2人が過去から現在まで、ループ・シーケンサーが音楽制作シーンに与えた影響について語ります。

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オーディオ・データの音高やテンポを自在に変化できる画期的な技術

DJ 1,2(以下、1,2)── ループ・シーケンサーといえば、このジャンルのオリジネーターであるACID、それに加えてApple GarageBand、ableton Live辺りが代表的で、新しいところだとBitwig Studioかな? 楽器のフレーズを繰り返し再生して使えるように数小節にまとめられたオーディオ・データ(=ループ素材)を組み合わせるだけでも簡単に曲が作れちゃう。でもほとんどのDAWに実装されているから、ループ・シーケンサーは珍しいものではなくなったけどね。

MEEBEE a.k.a KAZUHIRO ABO(以下、ABO)── そうだね。ループ・シーケンサーが登場したことで、オーディオ・データをMIDIデータに近い感覚でテンポやキーを変えられるようになった。例えば、キーがEメジャーでBPM100のフレーズをレコーディングした後に、「やっぱりBPMは110にして、キーを2つ下げよう」とか思っても、昔は簡単にはできなかったんだよ。若い人からすると「えっ、そんなこともできなかったの!?」って感じるかもしれないけど(笑)。

若手クリエイターを支えるiPhoneアプリ“GrageBand”

1,2 ── テンポやキーが異なるループ素材を自由に組み合わせて音楽を作るというACIDの音楽制作方法は、音楽理論をまだ習得していない初心者や、僕たちDJのようなドレミの世界の外側から来たようなミュージシャンに支持されたね。“楽器や楽譜が苦手な人でも感覚的に音楽に触れられる”というこの思想は、GrageBandにも引き継がれている。

Apple GarageBand(iPhoneアプリ版)。Apple EarPods with Remote and Mic(付属のイヤホン・マイク)だけで歌録りする若いアーティストは少なくない

ABO ── かつて4大DTMソフトと言われたLogicのデベロッパーのEmagicがAppleに買収されて、その後開発されたのがGrageBandなんだよね。ACIDの開発者も関わっていたらしい。PCをすっ飛ばしてスマホ環境で育ったZ世代(1996年までに生まれたソーシャル・ネイティブ世代)は、iPhoneアプリのGrageBandと付属のイヤホン・マイクだけで、驚くほどクオリティの高い音楽を作っている。代表的なところだとuamiさんや、諭吉佳作/menさんがよく知られているかな。シンガー・ソングライターの彼女たちに限らず、10代のラッパーもだいたいGrageBandで録音してる。彼らのレコーディングを手伝うことがあるんだけど、デモをオーディオに書き出さずにiPhoneの画面をキャプチャーした動画ファイルで送ってくるんだよ。LINEとかで。しかも、なぜか結構侮れない音質なんだよね。

uami『火傷』(映像作家の石原淳平率いるGRAPHERS’ GROUPが仕上げた映像作品)

ACIDの衝撃

1,2 ── 彼らにとってループ・シーケンサーは当たり前な存在なんだろうだけど、それがどれほど画期的だったのか、いまいちピンとこないかもしれないね。ABOくんが初めてACIDを導入した頃の制作環境って、どんな感じだった?

ABO ── 1999年にACID MUSIC 2.0というACIDのコンシューマー版を導入したのが、ループ・シーケンサー使いとしての始まり。その前年に、Yamaha CS2xというシンセとXGworksっていうMIDIシーケンス・ソフトを買ってビート・メイクを始めたんだけど、CS2xだけだと12パートしか使えなかった。しかもシンセに入っている音しか使えないから、自分のイメージする曲が作れなくて。後で分かったんだけど、僕が出そうとしていた音は主にサンプラーで作られていたんだよね。こういう音は、音作りや打ち込みがすごくうまい人が作っていると思ってた。当時中学生で無知だったから(笑)。

SONY Acid Music Studio 10の解説動画。ループ素材を並べるだけで簡単に曲を作ることができる

 ACIDはループ素材にテンポやキー情報、拍数、BPMの情報を追加できる。このことをACID上では“アシッダイズ”と呼ぶんだけど、アシッダイズされたループ素材のBPMやキーは、プロジェクトで設定したテンポとキーに自動的に合わせてくれるんだよね。だから、日頃からサンプリングした素材をマメにアシッダイズして整理しておけば、気まぐれにロードした素材が奇跡的なハマり方をすることもある。タイム・ストレッチも待ち時間なしだし、クリップを選択してパソコンのキーボードの+/ーを押せば半音ずつ音高が上げ下げできる。ここから一気に曲が作れるようになった。でもACIDは3.0になるまでMIDI打ち込みができなかったから、最初はDAWっていうよりは変わったサンプラーのソフトっていう印象だったな。

1,2 ── シンセの打ち込みはどうしてたの?

ABO ── XGworksで打ち込んだのを1回録音してループ化したりしてたけど、最終的には単音を録音してACID上でピッチ変えて並べてたよ。

1,2 ── ソフトウェアの動作は軽かった?

ABO ── 当時のPC98(CPU Intel MMX Pentium 166MHz、メモリー32MB)でちゃんと動いてた。かなり軽いソフトだったんだろうなぁ。パソコンの処理能力や記憶容量が乏しかった時代に、ACIDが登場した衝撃がどれほどのものだったか、少しでも伝わるといいけど。ACIDってサンプルをディスクから読むこともできなくはないけど、基本的にはパソコンのメモリーの量と読めるサンプルの量は比例するのね。だから、僕がACIDで扱えたサンプルは32MBまで。当時のAKAI MPCとかと変わんなかった(笑)。だから、ACIDに読み込ませるのにも、倍速で再生してパソコンに入れたりしてたよ。

1,2 ── パソコンなのに、そんなメモリーの節約してたんだ(笑)。当時のハードウェア・サンプラーでテンポやキーの処理をすると、何分も待たされたりしてとにかく面倒だったんだよね。

ABO ── しかも、処理後のサンプルがイメージ通りトラックにハマる保証もなかったりするしね。だから当時はソフトウェアの方がタイムストレッチ技術は進んでいた。ちなみに今はDJソフトで有名なSeratoも、もともとはPro Tools用のタイム・ストレッチ・プラグインとして有名なデベロッパーだったよね。

1,2 ── Pitch 'n Timeだね。オーディオ・ファイルのテンポを変えて再生するのが得意な会社ってことなんだな。

ABO ── そういうことだね。だからハードウェア・サンプラーでもちょっと面倒な作業だったタイム・ストレッチを、自動的に行なってくれるACIDは本当に衝撃的だったんだよ! しかもAKAIやE-muのサンプラーに比べ圧倒的に安価。ACID MUSIC 2.0は1万円前後で発売されていて、中学生がお年玉で買えちゃう値段だったから速攻手に入れたわけ。音楽といえばMacみたいなイメージが強かった中、Windows専用ソフトっていうのもかなり裾野を広げたと思うよ。

1,2 ── ACIDが登場したばかりのクリエイター向け雑誌を読んだんだけど、MacでCubaseなどのDAWを使っている人がACIDを使うためだけにWindows PCを自作していたらしいね。Macで使えるACIDのようなループ・シーケンサーは当時なかったからね。

リアルタイム・パフォーマンスを追求したAbleton Live

ABO ── そして2001年に満を持してAbleton Liveが発売される。

1,2 ── 「ついに俺たちもACIDみたいにループ・シーケンサーが使える! 」というMacユーザーの歓喜によってAbletonが一気に広まったんだね。

Ableton Live

解説動画「Ableton Liveとは?」

 アレンジメント・ビューとセッション・ビューという2つの画面を持ち、音楽制作からライブ・パフォーマンスまで柔軟に対応できるDAWソフトウェア。最新バージョンのLive 10には、新たにインストゥルメント“Wavetable(ウェーブ・テーブル・シンセ)”と3つのエフェクト“Echo(ディレイ系エフェクト)”、“Drum Buss(ドラム・エフェクト)”、“Pedal(歪み系エフェクト)”が追加されたほか、レコーディング前の演奏をMIDIクリップとして記録する“Capture機能”など、多数のワークフローのアップデートが行なわれた。

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ABO ── DAWっていうのは、元々演奏するためのツールとして考慮されてなくて、ACIDもトラック・ミュートすらレイテンシーが出る感じなんだけど、そこに「わたくしDAWであり新しい楽器でございます」ってな感じでリアルタイム・パフォーマンス性を追求したのがAbleton Liveだった。実はAbleton Liveより半年早く発売された“Phrazer”というMac専用のループ・シーケンサーがあったんだけど、これも従来のDAWとしての枠から抜け切れていなかったこともあって印象が薄まってしまった。「Live」っていう名前も、そういう経緯をふまえるとバチバチな空気を感じる名前だよね。そんなわけで、たまにはPhrazerのことも思い出してあげてくださいね。ちなみにVer 2.0まで出たみたい。

1,2 ── なるほど。もしかして、ACIDの“スキマ”を的確に狙った結果、Ableton Liveの仕様が決まったと仮定するなら、ACIDが今の電子音楽シーンに与えた影響は、デカイ気がしてきた。

ハードウェア版ループ・シーケンサーの登場

ABO ── 確かに! もしACIDがなかったら、存在しなかったり、仕様が変わっていたりした機材がありそうだね。そういう意味ではACIDによる影響は、ソフトウェアのみならずハードウェアにも及んでいる。

1,2 ── 例えばどんな機材?

ABO ── Yamaha SU700。ACIDと同じ1998年に発売されたサンプラーだけど、「ループ・シーケンサーの登場」という時代の空気感と「ライブで使えるACIDがあればなー」というシーンからの期待を大きく反映した機材だったと思う。SU700はループ素材を突っ込むとテンポに追従してリアルタイムにストレッチされる“LOOPトラック”、ループ素材をMPCのようにワンショット・サンプルとして取り込んで、シーケンスでループさせる“COMPOSED LOOPトラック”、フィルインやワンショット・サンプルのポン出しに使える“FREEトラック”、そして強力な内蔵エフェクターをかけられる“Audio In”と、それぞれ少しずつ役割が異なるトラックが用意されていた。それにサンプルのテンポ同期だけでなくループ波形を自動的に分割し、それぞれの発音位置やベロシティ、ゲート・タイムなどを変更することでバリエーション豊かなグルーブ感が簡単に生みだせる“グルーブ・コントロール”も内蔵していて、シーケンス・データを扱うようにサンプルのノリを変えることができたんだよ。シーケンス機能はそんなに強くないんだけど、同時に発売されたパフォーマンス性の強いシーケンサーRM1xと組み合わせることで、その点は補うことができた。

Yamaha SU700

Yamaha RM1x

1,2 ── SU700はエフェクトが強烈だったそうだね。

ABO ── うん。フィルターの質感も独特で、当時DJ TASAKAさんがSU700のハイパス・フィルターのカットオフを低い周波数にしてレゾナンスをあげて太いキックを作るっていうテクニックを紹介していた。

1,2 ── LOOPトラックはAbleton Liveのセッション・ビュー的な発想だし、COMPOSED LOOPもAbletonのDrum Rackに相当する。エグいエフェクトやグルーブ・クオンタイズも搭載していることからって、こうしてみるとSU700は、それこそAbleton Live的なリアルタイム・パフォーマンスの思想を先取りしているようにも見えるね。MIDI周りを充実したければRM1x、LOOPトラックを拡張したければSU200という同社の楽器を買い足すという手もあった。

ABO ── 確かにそうだね。SU200はLOOPクリップを再生するのに特化した機材だったけど、ループを組み替えるLOOPリミックス機能が充実していて今使っても面白そう。サンプリングレートが22kHzっていうLo-Fiなサウンドも、ほかの機材と混ぜるとアクセントになって面白いかも。ザラッザラでね(笑)。さらにこの後、これらのフラグシップ・モデルRS7000が発売された。オーディオもMIDIも扱えるスタンドアロン・タイプのマシンで、アシッド・ハウスでよく知られるHardfloorもライブで使っていたんだよ。

Roland GROOVE BOXの復活

1,2 ── こういうハードウェア版って最近はどんな機種があるんだろう。

ABO ── AKAI MPC LivePioneer DJ TORAIZ SP-16DJS-1000といったグルーブ・マシンが登場して、制度の高いオーディオの音高やテンポをリアルタイムに処理できるようになったんだけど、搭載された16パッドを演奏して楽曲を完成させていく印象の方が強いのかなと思う。

1,2 ── フィンガー・ドラマーにとってすごく便利なツールだけどね。

ABO ── やはり、ループ・シーケンサーとしての色が濃いハードウェアと言えば、今は何といってもRoland MC-707MC-101だよ。

Roland MC-707 / MC-101

mc-707-101a.jpg 1990年代、クラブ・ミュージック向けツールとしてムーブメントを起こしたGROOVEBOXがループ・ベースのシーケンサーとして復活。バーチャル・アナログ/PCMを兼ね備えた新音源「ZEN-Core」を搭載し、オーディオとMIDIを使った楽曲制作が行なえる。リアルタイム・タイム・ストレッチ対応のオーディオ・ルーパー、マルチ・エフェクトなどを装備し、最大24bit/96kHzのUSB MIDI/オーディオ・インターフェース機能を有す。なお、MC-707は8トラックのシーケンサーを搭載しサンプリングが可能。MC-101は4トラック仕様で、本体内でのサンプリング機能は省略されているがUSB Audio経由のサンプリングは可能。また単3乾電池4本で駆動もできる。

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1,2 ── これは方向性としては完全にループ・ベースなんだね!

ABO ── Ableton Liveのセッション・ビューをさらにライブ・マシンとして先鋭化させた感がある。Ableton Liveのフレキシビリティは最高だけど、現場で使うときのハード機材って安心感あるよね。

1,2 ── 同じことがPCでできるとしても、ちょっとしたパネルのレイアウトとか、ユーザー・インタフェースの違いで出てくる発想なんかもあったりするしね。

ABO ── AIRAシリーズ以降のRolandはTR-8/TR-8Sもそうだし、DJコントローラーにも言えることなんだけど、低域にパンチがあって抜けも良いから、現場での鳴りが心地よい。そして同社のDJコントローラーにはMIDI OUTが付いていて、外部MIDI機器とSeratoDJ Proと同期させることができる。MC-707やMC-101も、DJコントローラーにつないで一緒に使ったらいろいろ楽しめそう。アイデアが湧くなぁ。

1,2 ── ループ・シーケンサーっていう概念はこういうDJやクラブ・カルチャーから生まれたけれど、もはや社会全体に浸透している。だって、iPhone買ったらすでにインストールされているわけでしょ? GarageBandアプリが、しかも無料で。一家に一台じゃん(笑)。

ABO ── それ本当にすごいことだよ。

1,2 ── まあ残念なことに、それを知らないiPhoneユーザーが意外と多いんだけどね。まあ知ってても使いこなせない人もいるんだろうけど。

ABO ── そういえば、僕のスタジオにも最近久しぶりにWindows PCを入れたから、9年ぶりにリリースされたACIDの最新バージョンも試してみようと思ってる。今はAbleton Liveを使っているとはいえ、やっぱり初心は忘れちゃいけない。僕はACIDのおかげでいろんな可能性を広げられた。そもそもACIDに出会わなければこうやってデジマートの連載もやってなかったわけだし。ACIDには一生感謝ですよ。

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プロフィール

MEEBEE a.k.a KAZUHIRO ABO( #_SUPERCOMBO_ )
1984年生まれ。1998年より地元でDJ/トラックメイカーとしての活動をスタートし、2002年に上京。さまざまなアートに触れる日々を送りつつ、活動を本格化させる。2008年から新木場ageHaで約2年間に渡って開催されていたパーティ「Cloudland」では毎月2,3時間のロング・セットを行なうレギュラーDJを務めたことで、シーンに独特な存在感を示す。サウンド・クリエイターとしてもダンス・トラックのみならず、美術作品のための音響製作や、パフォーマンス・ガールズ・ユニット「9nine」のライブ音源制作、ファッション・ショーや映像作品のための音楽/音響制作、ゲーム音楽やアニメ劇伴なども手がける。

DJ1,2( #_SUPERCOMBO_ )
日本を代表するターンテーブリスト。ヒップホップ・カルチャーの根付く街、青森県三沢市にて、14歳から独学でDJを始める。その後DMCを始めとする多数のDJバトルに出場し、華やかな戦歴を残す。2003年には19歳という若さで、世界3大DJ大会の1つのITF Japan finalにて優勝。日本代表としてドイツ・ミュンヘンにて行なわれた同大会の世界大会に出場する。その確かなスキルは、玉置浩二、Def Tech、MIYAVIなど、多数の著名アーティストから絶大な信頼を得て、ツアーDJとして選び抜かれる。近年ではNHKへの出演や楽曲提供、海外でのイベント出演等、ターンテーブリストとしての活躍の場をさらに広げている。まさにオールラウンド・プレイヤー。

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