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YAMAHA YC61はいかに生まれたか 〜プロデューサー・開発者が語るYC61誕生までのストーリー

YAMAHA / YC61

ヤマハが誇るモデリング技術”VCM”によるオルガン・サウンドを核としながら、ステージで必要とされるエレピやシンセなどの高品位サウンドを満載した話題のステージ・キーボード、YC61。NAMM Show 2020での発表からはや数ヶ月、全国のオルガニスト、キーボーディストが待ちわびた本機が、いよいよ国内販売される。すでに本サイトでは、キーボーディストYANCYによる徹底試奏レビューを公開中だが、今回はYC61の発売を記念して、プロデューサー、開発者によるYC61開発ストーリーとVCMオルガン誕生秘話をお届けしよう。YC61が、プレイヤーにとって最強の味方になってくれる1台であることが理解していただけるはずだ。

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プロデューサーが語るYC61開発ストーリー

 従来のヤマハ製品ラインナップとは異なるYC61というステージ・キーボードの開発アイディアは、一体どのように着想され、具現化されていったのか。開発プロデュースを担当した同社電子楽器戦略企画Gの山田祐嗣氏に、その開発の裏側のストーリーを語ってもらった。

YC61の開発プロデュースを担当した、ヤマハ/電子楽器戦略企画G・山田祐嗣氏

限られたサイズの中で、プレイヤーが武器として使えるサウンドや機能を
分かりやすく操作できるよう落とし込んでいくのは大変な挑戦でした

 37鍵仕様のコンパクトなボディに、ヤマハ歴代の名モデルのサウンドを搭載したrefaceシリーズ。山田氏は、アマチュアからプロまでを魅了し大ヒットしたこのシリーズのプロデュースを手掛けた人物だ。YC61のオルガン開発のきっかけとなったのは、そのreface YCだったという。

 「refaceは、CS、DX、CP、YCという4つのモデルでそれぞれの音源の個性が楽しめるというコンセプトで、reface YCはドローバーを使い手軽にオルガンの音作りができるモデルを目指しました。製品が世の中に出ていろいろ意見をいただくと、reface YCのドローバーでの音作りが面白いと感じる人もいれば、ビンテージ・オルガンが持つ音はもっと複雑なニュアンスがあると言う人もいて。そこでオルガン・サウンドの持つ本当の魅力を突き詰めたいと思い、今回の新しいオルガン開発のきっかけになりました」

 ではYC61はオルガン専用機として開発されたのかというと、その前の出発点がそこにはあった。

 「音楽の現場で1番使われるピアノ、エレピ、オルガンという3大音色と言われるものを、とにかく最高の形でぎゅっとまとめた、ライブで武器になる“ステージ・キーボード”を作りたいというのがそもそもの出発点としてあったんです。もちろん弊社には、MONTAGE、MODXという非常に幅広いジャンルのサウンドをカバーするシンセサイザーはあります。ただ、現代の多様化した音楽シーンや、さらに言うとユーザーによって好みがいろいろ変わってくる中で、時代によって変わらないこの3大音色を徹底的にフォーカスした時に、ヤマハとしてどういうステージ・キーボードを提供できるかを突き詰めて考えたのがこのYC61なんですね」

 そしてこの“YC”を開発していく上で、実は対となっていたのが“CP”だったという。

 「昨年先行して発売されたステージ・ピアノのCP88と、今回のステージ・キーボードのYC61はずっと一体で考えていたんです。ピアノをメインに使うユーザーにとって、どういう88鍵モデルがいいのかを突き詰めたのがCP88。対して61鍵モデルのキーボードは、オルガン音色をメインに使うユーザーの比率が高いので、YC61ではそこを突き詰めていこうと。また61鍵というのは可搬性の強みがありますが、アッパー/ロワーという構造にすることよって、2段鍵盤のオルガンを使用するキーボーディストにも向けたソリューションを目指したんです」

 YC61とCP88が並行して開発されていったことはリア・パネルのロゴ位置が共通しているところにも表れており、それは2機種の使用法の1つの提案ともなっている。

 「3大音色を使用してライブを行うプレイヤーの中には、61鍵のキーボード1台を持って行き、現場にある88鍵のピアノ鍵モデルと組み合わせて使うという人が非常に多いんですよね。61鍵モデルのユーザーにはオルガン比率が高いという事実がある中で、reface YCで気付いた伸びしろがあったので、そこできっちりいいものを作れば、CPで培ってきたエレピやピアノを組み合わせた時に、すごくいいものになるんじゃないかなというのが肌感覚としてありました」

2段鍵盤時の背面ビューも考慮し、底面にロゴが入れられている

 「オルガンにもっときっちり向き合うことで、何かもっといいものを作れないか」という課題への解決策として浮かび上がってきたのが、ヤマハが培ってきたモデリング技術であるVCMだ。このVCM技術を使ったエフェクトは同社のシンセサイザーにも内蔵されており高い評価を得ている。従来のAWM2音源ではなく、VCMによるオルガン音源を搭載した理由はなんだったのだろうか。

 「実物のオルガンの演奏を音でしか知らない人たちにはreface YCでドローバーによる音作りの面白さが届いていました。ただ、実機を所有しているような人は、自身に明確なオルガン・サウンドのリファレンスを持っているため、比較した時にその差にすぐに気付くことができる。その差は1つだけではなく、さまざまな要素が複合的に絡み合っており、さらにドローバーや鍵盤の条件によって動的に変わる。この挙動を実現するのに、VCM技術が使えるのではないかと考えたんです。その時は、漠然としたイメージでしたが、単なるモデリングではなく、我々ヤマハが培ってきた技術だからこそできる強みが絶対あると思いました」

 「このモデルで1番こだわったのは、現場でガンガン使ってもらうために、音色や機能をとにかくコンパクトな形に凝縮させるというところでした」と山田氏は語る。その言葉どおり、YC61は前述のVCMオルガン音源だけでなく、AWM2音源やFM音源によるライブで使える音色の数々を内蔵。ドローバー、パーカッション、ロータリー・スピーカーなどオルガンに必須の機能を装備するほか、ライブセットやスプリット/レイヤー機能、アンプ・シミュレーターや多彩なエフェクトを搭載するなど、まさに凝縮された“ステージ・キーボード”となっている。

 「コンセプトが決まるのはすごく早かったので、あとは具体的にどうやってそれを実現するかにフォーカスするだけでした。ただ、ぎゅっと詰め込めばいいと言うのは簡単ですが、音源や機能だけでなく設計の部分も含めて、いろいろな工夫が必要でした。やはり重くなったり大きくなったりしては持ち運ぶ気持ちを削いでしまうので、最初にサイズを決めたんです。その限られたパネル・サイズの中で、プレイヤーが武器として使えるサウンドや機能を分かりやすく操作できるよう、1つ1つ技術的に落とし込んでいくのは大変な挑戦でした。オルガンにこだわるならきちんとした専用のセクションが必要ですし、同時にエレピも弾いたり、時にシンセ・リードも弾いたりするというユーザーも想定する上で、本当にいろいろなアイディアとともに、試作を繰り返しましたね」

 当初はさまざまな音色、機能を詰め込もうとして「本体のサイズから中身が出ちゃったんですよ」と山田氏は笑う。そういうせめぎ合いの中、実際のユーザーたちに定期的にフィードバックをもらって「ステージ・キーボードとして本当にそれがプレイヤーにとって響くものなのか」を突き詰めていったという。例えば、オルガンに欠かせないドローバーもその1つだ。

 「アッパー/ロワーを同じユーザー・インターフェースで弾こうとすると、やはり1セットではもどかしい部分があって。それで生まれたのが、シースルーのドローバーなんです。演奏中、曲によってはアッパー/ロワーだけでなくドローバーの設定を瞬時に切り換える必要があります。そこで演奏中に設定を切り換えた時に、“今は下3本のドローバーが引き出されているんだな”っていうのが、仮に物理的なドローバーの位置と乖離したとしても、LEDで認識できるようにしたんです。一方で、演奏しながらドローバー操作も気持ち良くできるような直感的な操作もキープしたかった。その2つのユースケースを両立しようとした時にどうやったら実現できるか、エンジニアやデザイナーと知恵を絞りました」

現在のドローバーのセッティングがLEDで表示されるシースルー・ドローバー

 本機のドローバーは、FM音源によるトランジスター・オルガン音色にも使用することができるようになっている。シンセサイザーではなく、ステージ・キーボードとしてFM音源を搭載しているのも、YC61の特筆すべき点であろう。

 「FMというのは我々の強みでもあるし、それを活かしたものを次のステージ・キーボードには入れていきたいという話は当初からありました。当然FMが入ることでエレピやシンセなどのサウンドは強化されますが、オルガンにも応用できると考えたのです。というのも、FMもサイン波によって音を作っていきますよね。トーンホイール・オルガンの歯車が作り出すサイン波というのは不安定ですが、FMはデジタルなので、そことは違ったオルガン・サウンドが出来上がるんですね。FMのピュアなサイン波も結構太さがあっていいと、オルガンの1音色としてプレイヤーたちからは評価されるというところもあったので、これは面白いなと。工夫をすれば過去のトランジスター系オルガンのサウンドも作れるので、3タイプを用意したんです」

 FM音源の恩恵は、山田氏の発言にもあるように、往年のエレピやエッジの効いたシンセ・リードなど音色の幅を広げたほか、サウンド・メイキングにもあった。

 「目的はFMシンセシスではないのでエディターはないですが、もともとプレイヤーにとってのFMはユニゾンやデチューンをさせて広がりを作れるっていうところに面白さがあるので、FM Unisonというモードを新しく設けました。ここでは、2音または4音をユニゾンできたり、それらをデチューンしたり、定位に差をつけるスプレッドをしたりといった、音作りができるようになっています」

パネルの中央のセッティング・スイッチを押すと、さまざまなパラメーターを詳細に設定できる

 このFM音源、そしてAWM2音源による幅広い音色は、Keysセクションで2音色が同時使用可能。もちろんオルガン音色は別途使用することができる。また、それらの音色のオン/オフやパラメーターの操作も実に分かりやすい。

 「CP88は、どちらかと言うとセットの下段に置いてピアノ・メインで使う人が多いと思うんですが、YC61はそれより音色の幅が必要だろうということで、内蔵するサウンドのバリエーションを広げました。もちろん、プレイヤーにとって現場で使える音かどうかというところは非常に考えながら決めましたね。操作性もCP88から踏襲している部分ではあるんですが、Keysセクションは最初1パートで考えていたんです。でも、それこそピアノとストリングスのレイヤーといった、ステージでの王道の組み合わせはどう作るのか?となった時に、YC61では1パートをオルガンで取られることを考えると、それ以外で2パート組み合わせられる仕組みは必要だということになり、Key A/Key Bという二重構造を採用することになったんです」

 エフェクトについても「CP88から種類をあえて広げている」とのことで、Key A、Key Bそれぞれのセクションで2系統、32タイプが使用できる。さらにスピーカー・アンプ部には、「ロータリー・スピーカーに加え、ギター・アンプのシミュレーターなども備えていて、オルガンはもちろんエレピなどの音色にも活用できるはず」と山田氏。そして演奏者にとって、何と言っても欠かせないポイントが鍵盤である。YC61は、オルガン演奏に最適なウォーターフォール鍵盤を搭載している。

 「試作機を作っていろんなプレイヤーに持って行くと、その中で見えてきたことが2つありました。1つは、例えばグリッサンドがしやすいとか、奏法面で支持されているということ。もう1つはオルガン演奏=ウォーターフォール鍵盤というシンボルとして機能していることでした。“やっぱりシンセ系の鍵盤よりもテンションが上がる”という意見が結構あって。鍵盤を専用で開発することはかなり大変なのですが、せっかくオルガン・サウンドを徹底的に取り組んでいる中で、それを奏でる鍵盤自体がマッチしていないのは悔しいので、新たに作ろうということになったんです。プロダクトのデザインにマッチさせつつ、グリッサンドなどがしやすいような鍵盤形状を試行錯誤していきました。実はrefaceの鍵盤では指に馴染ませる工夫として表面をラウンドさせていますが、そのノウハウも採用しています。結果、オルガンだけでなく、ピアノやエレピなどもシンセ鍵盤より弾きやすいという評価をいただけて嬉しかったです」

オルガンに適したセミウェイテッド・ウォーターフォール鍵盤は、YC61に合わせて新開発された

 そのほか、「みんなが欲しいって言うから入れてやる!みたいな感じで入れた(笑)」というタップ・テンポ、CP88にはなかった1つのツマミで操作できるEG/フィルター、スイッチ以外でロータリーの速度が変えられるレバーを装備するなど、細かいこだわりを上げていくと枚挙に暇がない。それらを詰め込み、「設計担当に1mm単位で設計してもらうことで、当初決めたサイズをキープして作り上げることができた」と山田氏は語る。7.1kgという軽量ボディにステージで想定されるあらゆる場面に対応するサウンド、機能を内蔵したYC61は、まさに“進化形のステージ・キーボード”と言っていいだろう。

 「いわゆる現場で使われる3大音色というところに徹底的にこだわったので、普段オルガン、ピアノ、エレピをゴリゴリ弾いている人には、きっとすごい武器になると信じています。いろいろなジャンル、シチュエーションで使っていただいて、我々ももっとフィードバックを浴びていければ嬉しいですね。そして今後もさらに磨きをかけ続け、プレイヤーの人たちと一緒に共創できるような形で進化していきたいと思っています」

開発者に聞くVCMオルガン誕生秘話

 YC61に搭載された新開発のオルガン音源には、ヤマハが長い年月をかけて培ってきた物理モデリング技術が採用された。開発チームの国本利文氏、渋谷明伸氏、森隆志氏にVCMオルガン誕生までの経緯を伺った。

左から、国本利文氏、渋谷明伸氏、森隆志氏

オルガンの発音原理に光を当て、VCM技術を適用してみようと考えた

──ヤマハが創業時から手掛けてきたオルガンにVCM技術を投入した経緯から教えてください。

国本 話が遡りますが、モデリングの研究は1987年に始まりました。サンプリング技術が出てきた中で、もっと面白い音源を作れないかということで“K's Lab”という研究グループを立ち上げ、アコースティック楽器がどう振動し、それがどう音響的に発展していくのかをDSPに置き換える研究を始めたんです。そして1993年、物理モデリング技術を用いたVL1を開発しました。当時、その音源をVirtual Acoustic Synthesizer(VA音源)と呼んだのですが、この技術をエフェクターにも活用して、2004年にDM2000や02R96といったPAミキサーに物理モデリング・エフェクトを搭載した時に、この技術をキーワード化しようということで、“VCM(=Virtual Circuitry Modeling)”いう名称を付けたんです。ですから、1997年に発売したシンセサイザーAN1xも、現実的にはVCM音源なんです。

──その時はVCMというワードがなかっただけで、技術的には1つの流れだったんですね。

国本 そういうことです。その後もモデリング技術を継承し、適応範囲を広げていく中で大きかったのは、近年のルパート・ニーヴ氏とのコラボレーションです。ニーヴ氏の開発したEQやコンプをVCM技術で再現する試みは10年以上続けています。そうした中で、今回、製品を企画した山田くんから“オルガンの音源をVCM技術で作れないか”とアプローチがありまして。ヤマハは1959年に発売した初代エレクトーンD-1以降、オルガンの開発を続けていますが、もう一度オルガンの発音原理に光を当てて、より細かい音のニュアンスを再現するために、VCM技術を真剣に適用してみようと考えたわけです。

──森さんと渋谷さんも、長年VCMの技術開発に携わっていたのですか?

 私はYC61を担当する前は、VCMの中でもギター・アンプのモデリングを手掛けていました。そういう経緯もあって、VCMオルガンの開発にあたっては、真空管の歪みをどう再現するか、そこを最初に考えました。VCMは回路の動作をそのままモデリングするものなので、発音した後の動きまで正確に再現できる点が大きな強みです。ですから、真空管をモデリングすることで、ただ音を歪ませるだけではなく、音色が太さや温かみ、柔らかい響きといった音楽的な動きまで作れるので、ギターほどドラスティックに歪まないオルガンの世界にも、まだまだVCM技術を生かせそうだと考えました。

渋谷 私はもともと、音源ドライバーという音源チップを制御するプログラムを書く仕事をしていました。その時は、音源エンジンはAWM2音源のみで完結していて、それとは別にエフェクトを作って後で組み合わせてといった考え方でしたが、今回からVCMオルガンの開発チームに入って、音の生成部分から、回路を通って最終的に音が出力されるという、音源部とエフェクト部が完全に融合した新しいアルゴリズムの音源エンジンを担当することになって、オルガンそのものの研究から勉強していきました。

 最初はひたすら、オルガンの実機がどういう動きをするのかを根掘り葉掘り調べました。すると、“こう弾けばこう動くものだ”、“こういう回路だからこう音が鳴るはずだ”という想像とは違う部分がたくさん出てきて。それを1つずつ見付けていきながら、どうみなせば正しく解釈してモデル化できるのか、そこにかなりの時間を費やしました。

どうノイズが出ているのかは、回路図を見ても分からない

──オルガンが発音する理屈と、実際に鳴る音との差異というものが多々あったわけですね。

国本 一番驚いたのは不安定さです。トーンホイール式のオルガンは、音を鳴らす歯車、この歯の数で音が数学的に決まってくる部分があって、そこは理屈どおりになっているんだろうと考えていました。それが、実際に調べていくと意外にも不安定で、揺らいでいるんですよ。私どもはエレクトーンのような古典的な電子回路で発振させるオルガンはひと通り作っていますが、それらのオシレーターは安定しているんです。でもトーンホイール・オルガンは、そもそも歯車自体がきちんと同心円を描いていなかったり、それを回すオイルの状態も気温によって変わったりと、日々挙動が違うんです。そこまで再現しないと、あの重厚なオルガンの響きは出せないんだと、だんだんと気付いていきました。

 それに、紙の回路図を見るだけでは、実際にどんな音が出てくるのか分からないんです。例えば、SNの悪さに伴うノイズやキークリック音、リーク音などは、ただ忠実にその回路図と向き合うだけでは分からない。ノイズが出ないように設計されていますから。だけど、そのノイズも演奏性と併せてプレイヤーに理解されていて。オルガン・サウンドは、そうした“雑味”と一緒にできているというのは、新鮮な驚きでした。その代表例が、演奏していない時にも聴こえるVCMロータリー・スピーカーの回転ノイズ。ノイズだけで回転スピードが分かります(笑)。

渋谷 キークリック音とリーク音の再現性は苦労しました。例えばリーク音は、8フィートだけの音を鳴らした時に少しだけ“ヒーン”と聴こえる高域成分のノイズです。これがトーンホイールの回転感とか生々しさに寄与しているんですが、回路図を見てもどうノイズが出るのかは分からないですし、適当に再現するだけでは、すぐバレるんです(笑)。

 キークリック音も、例えばそれをサンプリングして足すだけだと、毎回同じ音が鳴るので、不自然なものになってしまうんです。もともとは電気的なスパークにより生まれる音なので、その動きを再現することで、単調ではない、実機の挙動に基づいたノイズが出せるところまで突き詰めていきました。

渋谷 先ほど話したリーク音も、かすかに鳴るだけだし、そこまで力を入れなくても……と、最初は簡易的に再現したんです。それをまず社内の人間に弾いてもらったら、“リーク音に動きがない”と言われて。“えっ?動きって何?”と。そこで実機を調べ直すと、確かに弾いた鍵盤によってリーク音が違う。そこから、どういう理屈でリーク音が鳴るのかを調べて、その精度を上げていきながら、“リーク音の動き”を出すべく、苦労してシミュレートしました。またプレイヤーさんに試していただくと、本当にたくさんの意見が出てくるんですが、表現は十人十色ですから、心理的にどう感じてどう表現されたのかまで見極めて、それを技術的にどう落とし込むのかが難しかったです。

 それこそ、オルガンの構造や“リーク音”という用語をご存じの方は、“リーク音が小さい”とおっしゃるんですが、それをご存じない方は、“高域が足りない”とか、“空間が狭い”“響きが足りない”といった表現になるので、いただいた意見の本質をきちんと拾い上げていくことが、とても大事だったかなと思っています。

──そう考えると、“オルガン”とひと言で言っても、どういうサウンドをイメージしているのか、それも十人十色ですよね。そのイメージを、どう集約していったのですか?

 まさにおっしゃるとおりで、開発段階でいろんなアーティストさんから“ウチのと違う”というコメントをたくさんいただきました(笑)。ただ、そこでパラメーターをいじりながら、いろんな方の“ウチのオルガン”に近付けたことで、いろんなオルガンがあることを知りましたし、その違いは設計的な要因もあれば個体差もあるわけですが、“この部分はそんなに揺るがないんだ” “ここは差の幅が大きいのか”という経験値を蓄積できたんです。そういったノウハウをためながら、今回は3タイプのVCMオルガンを用意しつつ、ユーザーのみなさんが“ウチのオルガン”にカスタマイズできるようにパラメーターを用意できたことが、VCMオルガンの魅力だと感じています。

──パネル面は非常にシンプルで、オルガンのことをあまり詳しく知らないプレイヤーでも演奏を楽しみつつ、ノイズの聴こえ方から歪み具合まで、実にマニアックに調整できる仕様ですね。

 歪みについても、オルガン本体に入っているプリアンプ部と、ロータリー・スピーカーに入っているパワー・アンプ部を個別にモデリングしています。それぞれの真空管が違う歪み方をするものですから、プリドライブは少し柔らかめで、VCMロータリー・スピーカー部のドライブは、やや激しめのロックな歪みになっています。これを混ぜて音を作れるというのは、一般的なキーボードよりも凝ったチャレンジだと思っています。あと、オルガンにはエクスプレッション・ペダルが重要で。プレイヤーは、これを単にボリューム・ペダルとして使うだけでなく、ある特性を持ちながら歪みの質感をもコントロールしていくので、そうした音楽的な歪みの追従性まで再現した、奥深い仕様になっています。

反響を含めた音の広がりを解析し、忠実に再現していった

──先ほどからお話に出ているVCMロータリー・スピーカーについては、どのような点に力を入れたのですか?

 実機のロータリー・スピーカーは、モノラルの音をグルグルと回しますが、実際のプレイ・シーンでは、その音をマイクで拾って、ステレオのPAスピーカーから鳴らすので、VCMロータリー・スピーカーをステレオで鳴らした際にどういう音で聴こえるべきか、そこは議論を重ねました。しかもロータリー部分はメカ的な要素が強いですから、物理モデル的に、部屋の反響も含めて、どうやって音に広がり感が生まれているのかといったところまで解析をし、忠実に再現していきました。

国本 ですから厳密に言えば、VCMロータリー・スピーカーはVA音源的な要素が強いんです。例えば実機だと、ホーンとそれを回転させるローター部分はゴムベルトでつながっていて、動き始めや止めた時には、ゴムベルトがわずかに滑ったり、ホーンをしっかりと捕まえて動き始めるわけです。その挙動は、弦楽器を弓で擦る場合と同じなんですね。ですからそこには、VL1と同じ弦楽器の弓の物理モデリングを応用しているんです。

 あと、回転スピードを切り換える際、若干の“溜め”があってスピードが変わるんですが、その時間もパラメーターで調整できるようにしています。これは当初、試していただくプレイヤーさんによって“切り換わりが遅い”という方と、“溜めがない”という全く真逆の感想をおっしゃる方がいて。どういうことかと考えたら、普段、フット・スイッチで切り換える方はすぐにスピードが切り替わってほしいけど、手で切り換える方は、手が鍵盤に戻るまでの時間が必要だということに気が付いて。そういうプレイ・スタイルに起因する要素も、かなり追い込んで作ることで、各人で好みに調整できるようにしています。

国本 よくプロ・オーディオの分野でVCM技術を説明する時に、“コンポーネント・レベルでデバイスをシミュレーションしているから、こういう音が出せるんです”といったお話をするんですが、VCMオルガンもまったく同じ考え方です。複数の歯車が回って、それがミックスされて、プリアンプに入る。パーカッションは、また別のアンプを持っていて、そこで歪み感が味付けされます。ビブラート/コーラスも専用回路をVCMで再現していて、それらが最終的に真空管のパワーアンプ回路を通ってスピーカーから鳴る。こうしたコンポーネントの数は、今までVCM技術を使った製品の中でもトップクラスでしたし、それをとことんVCMで再現したということです。

──最後に、YCが店頭に並んだ時に、どういった点を読者のみなさんに試してほしいですか?

 ドローバーなどパラメーターをいじった時の音の変化の奥深さ、そこに力を入れたので、パラメーターを固定した状態で試すだけでなく、ガチャガチャといろいろ動かしながら弾いていただくことで、動的な音への追従性を楽しんでもらいたいですね。

渋谷 私が担当した部分でいうと、やはりキークリック音やリーク音を一度オフにして、オンに戻した時に感じる違い、そこを試してみていただきたいです。あと見逃されがちですけど、パーカッションの音も、VCMオルガンの各タイプで違っていて、特に“H3”は特徴的だと思います。

国本 ブリティッシュなオルガン・サウンドは“H3”じゃないと出せないんです。

 パーカッションがちょっと歪んで、“コン”という音が少し崩れるんです。これもパーカッション回路でアンプとは別の歪みが作られているからで、この太いパーカッションは“H3”特有のものなんです。

国本 ほかにも、ビブラート/コーラスは、ロータリー・スピーカーとの相性まで細かく再現しています。とにかくVCM技術を使った製品はすべてそうなんですが、まず原理があって、それをモデリングで再現するだけでなく、そこに評価者を絡めていかないと絶対にダメなんです。“こういう原理で、測定器で測るとこういう結果になったので、これでOK”では済まさない。評価者に確認を取りつつ、いただいた意見から“この感想は、こういうことを言っているのかな”と妄想も加えながら再現の精度を上げていくんです。そうした王道のやり方が、VCMオルガンでもうまくいったと考えています。モデリングしながら、プレイヤーやエンジニアさんの意見も聞きながら、測定をして、またモデリングをして組み立てていく。それが今回、オルガンという、複雑で、しかも図体が大きな楽器にも生かせたので、現段階でのVCM技術の集大成だと思っています。そこが大変だったと言えば大変でしたけど、開発者としては、醍醐味でもありました。

YAMAHA YC61 / 価格:オープン・プライス

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製品情報

YAMAHA / YC61

価格:オープン

【スペック】
●鍵盤:61鍵セミウェイテッド・ウォーターフォール鍵盤 ●音源方式:VCM Organ、AWM2、FM ●最大同時発音数:VCM Organ+AWM2=128 、FM=128 ●ライブセットサウンド:160(プリセット:80) ●音色数:145(Organ:6/Keys:139) ●エフェクト:インサーション=Organ1系統(プリドライブ)/Key A、KeyBそれぞれ 2系統、エフェクト・タイプ=32、スピーカー/アンプ=6タイプ(ロータリー・スピーカー:2、アンプ:4)、リバーブ、マスターEQ(3バンド) ●接続端子:アウトプット(L/MONO、R、標準フォーン、アンバランス)、インプット(L/MONO、R、標準フォーン)、ヘッドフォン、フット・コントローラー(1/2)、フット・スイッチ(SUSTAIN/ASSIGNABLE)、MIDI IN/OUT、USB、AC IN ●寸法:896(W)×108(H)×309(D)mm ●重量:7.1kg
【問い合わせ】
ヤマハお客様コミュニケーションセンター シンセサイザー・デジタル楽器ご相談窓口 TEL:0570-015-808 https://jp.yamaha.com/products/music_production/stagekeyboards/yc/index.html
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