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第3回 物理モデル音源と上手に付き合う方法

シンセサイザー

みなさんこんにちは。FOMISの内藤朗です。今回は、実は知っているようであまり知られていない“物理モデル音源”について解説いたします!

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物理モデル音源による音色作りのポイント

 例えばトランペットが、真鍮(しんちゅう)でできた管状の筐体に、空気が吹き込まれることによって発音するように、アコースティック楽器は「本体の構造(材質、形状)」「演奏方法」によって音色が決まります。したがって、これらをパラメーター化してDSPでシミュレート&合成するのが物理モデル音源と言えます。

 ギター、バイオリンなどの撥弦・擦弦楽器、ピアノやパーカッションなどの打弦楽器、トランペットやサックスなどの管楽器では、構造や演奏方法、発音方法などが異なるため、それぞれ特性に応じた物理モデル音源が存在します。

 また、アナログ・シンセをモデリングした「バーチャル・アナログ音源」も物理モデル音源の仲間で、アナログ・シンセの電圧制御によってコントロールされるVCOやVCF、LFO、EGといった各モジュール・セクションの回路やその挙動、音声合成のプロセスなどをDSPによってシミュレートしています。ビンテージ・シンセをエミュレートしたソフト音源は、それらの楽器の回路や使用されているパーツなどをシミュレートすることで、実機のような挙動を忠実に再現しているのです。

【コラム】物理モデル音源の元祖、YAMAHA VL1 / VP1とは?

 1993年に発売されたVL1、1994年に発売されたVP1は、いずれも物理モデルをベースにした世界初の“VA音源(Virtual Acoustic Synthesis System)”を搭載したシンセサイザーです。

YAMAHA VL1。同時発音数2音、発売当初の価格は470,000円(税別)

YAMAHA VP1。同時発音数16音、発売当時の価格は2,700,000円(税別)

 VL1は、S/VA(Self oscillation type/VA Synthesis system)という一定の圧力を与え続けることによって発振する楽器をモデリングする音源方式が採用され、主に管楽器の音色の再現に適しています

 一方、VP1は、F/VA(Free oscillation type/VA Synthesis system)という弦を弾いたり、ハンマーでたたくなどのような一定のトリガーによって発振し、振動した音が減衰していく楽器をモデリングする音源方式が採用され、ギターやストリングス、エレピなどの音色再現に適しています

 発売当時はちょうどPCM音源のオールインワン・シンセサイザー全盛期だったこともあり、VA音源シンセがメイン・ストリームを圧巻するまでにはいたりませんでしたが、生楽器をリアルにシミュレートした音作りはもちろん、物理的や構造的にあり得ない楽器を仮想的に作ることができたりと、サウンド・メイクの可能性を大きく広げたと言えるでしょう。

音色作りのプロセスの具体例

 それではソフト・シンセを例に、物理モデル音源による簡単なサウンド・メイクをしてみましょう。ちなみにバーチャル・アナログ音源については、音色作りに関してアナログ・シンセサイザーの手法と同じなので、ここでは省略させて頂きます。アナログ・シンセサイザーの音作りに関しては“第1回 アナログ・シンセの超基本知識”を参考にしてください。

ケース1:A|A|S String Studio VS-3の場合

 弦楽器のモデリング・シンセサイザーであるString Studio VS-3は、Synth View(シンセ・ビュー)と呼ばれるエディット画面上で、4セクションに分かれたモジュールの表示を切り替えて設定を行ないます。

 まず、Factory Libraryのプリセットから“An Intimate Night”というアコースティック・ギターの音色を元にいろいろと変化させて、ポイントを確認していきましょう。

A|A|S String Studio VS-3。A|A|Sは物理モデリング・ソフト音源を開発するメーカーとして有名

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 1番左のExciterセクションでは、演奏方法を選択できます。このプリセットは、ピックのアイコンが選択されていますが、ここで選ぶアイテムを変えると音がゆっくり立ち上がったり、丸みのあるアタック感になったりします。

演奏方法を決めるExciterセクション

 Stringセクションでは、弦の音色が調節できます。例えばスチール弦は、ナイロン弦より長い時間振動して、なおかつ明るい音になるのですが、そのような違いも“Damping(高周波の量)”や“Decay(振動の減衰時間)”を変更することによって実現できます。

弦の音色を調節するStringセクション

 もうひとつ弦楽器の音を決定づける重要な要素、楽器の筐体です。Bodyセクションで筐体のタイプや大きさを設定することで、共鳴音を調整できます。

筐体のタイプや大きさを設定するBodyセクション

 それでは、ここでプリセットのアコースティック・ギターの音からチェロのような音に変化させてみましょう。まずは、ギターとチェロでは演奏方法が異なるので、Exciterセクションでピックから弓に変更します。

Exciterセクションでは演奏方法を弓、ハンマー(2種類)、ピックから選択可能

 これだけでもバイオリンやチェロなどのような音の立ち上がりになりますが、音色がちょっとギラギラし過ぎた感じなのでStringセクションで音色を調整します。

 Stringセクションのパラメーターは、それぞれ意味がありますが、“inharm(=inharmonic)”の調整が1つのポイントになります。

 ピアノは音高が低くなればなるほど、弦の倍音と部分倍音との周波数差でうねりが生じ、不協和度が強く聴こえますが、“inharm”ではこのような“にごり度”を調節することができます。右方向に回すにつれて周波数のデチューン度が大きく変化するとともに、音色の質感が大きく変わってきます。耳障りの良い音にするには下図のように左側にすると良いでしょう。

“inharm”は弦の振動で生じる“にごり”を調整するパラメーター

 Bodyセクションで筐体の大きさとDecayで音の減衰、High Cutで高域を調整しています。

筐体の大きさをMからLに、High Cutをプリセット時から少し抑えめに設定

 ここまでの作業で、それらしい音色になりましたが、細かい調整はアナログ・シンセと同様にフィルターやEG、LFOなどで設定していきます。

 今回はFilterセクションをオンにして図のようにカットオフとレゾナンス、エンベロープを調整し、最終的にエフェクト・セクションでリバーブをかけて仕上げてみました。ちなみにエンベロープの設定は元の値とほぼ同じです。

Filterセクションでカットオフとレゾナンスを調整

Envelopeセクション

Effectセクションでリバーブを追加

 今回はオーソドックスな楽器へのエディットを紹介しましたが、積極的に各セクションのパラメーター設定を行なえば、通常の楽器とは一風変わった音色作りができます。これが物理モデル音源の1番のおもしろさだと言えるでしょう。

ケース2:MODARTT Pianoteq 6 PROの場合

 Pianoteq 6 PROはアコースティック・ピアノや、エレピ、クラビネット、ハープシコードのような鍵盤楽器に特化したモデリング音源です。

MODARTT Pianoteq 6 PRO

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 アコースティック・ピアノは弦をハンマーで叩くことによって発生した音が、響板で共鳴されてピアノ固有の音になりますが、Pianoteq 6 PROでは、これらの要素を多様なパラメーターで再現しています。それらの設定によって、さまざまなピアノ音のバリエーションが生み出させるというわけです。

 それでは、プリセット“Steinway D Prelude”を例に、音作りのポイントとなるパラメーターをチェックしつつ、トイ・ピアノ風のサウンドに仕立ててみましょう。

 左上の“Tuning”セクションで、チューニング関連の調整が行なえます。ここの“Unison Width”の値を大きくすると、いわゆるデチューン・コーラスのような効果が得られ、さらに値を大きくしていくとホンキートンクのような調子はずれの音になります。

トイ・ピアノ風サウンドにするためにUnison Widthを大きめに設定する

 トイ・ピアノの音にするには、このパラメーターは非常に効果的なので、少し大きめに設定しています。今回は設定を変更していませんが、上部中央は、ボイシングに関する設定が行なえ、ハンマーの硬さや楽器の音色のキャラクターとなる倍音構成などを調整できます。

 次に右上の“Design”セクションでは、ピアノの音色を調整できます。ポイントは“Cutoff”と“Q Factor”の設定です。この2つのパラメーターは、アナログ・シンセのVCFにあるカットオフ・フリケンシーとレゾナンスと同様の働きをしますので、音色を詰めたい場合にはじっくり調整しましょう。ここではCutoffを閉じ気味に、Q Factorをやや大きめに設定してクセのあるサウンドにしています。

Cutoffを閉じ気味に、Q Factorをやや大きめに設定

 Pianoteq 6 PROには、楽器の経年変化による音質を設定できるユニークな“Condition”というパラメーターを備えており、Mint(新品)からWorn(古い)に近づけるほど、状態の悪いピアノがシミュレートできます。このパラメーターは、非常にリアルなホンキートンク・ピアノだけでなく、知育玩具的なトイ・ピアノのシミュレートにも活用できます。今回、積極的に使用したところ、中間値近辺で適度なデチューン感が得られました。

ConditionはMintとWornの中間あたりに設定

 最後に内蔵エフェクトでコーラスとリバーブを下図のように設定し、トイ・ピアノ風サウンドを仕上げてみました。好みや状況に応じて外部のプラグインなどを使用しても良いでしょう。

コーラスとリバーブを設定

オススメの物理モデル音源シンセサイザー

 最後に、物理モデル音源のシンセサイザーをいくつか紹介しましょう。

Waldorf Quantum

 Waldorfのお家芸であるウェーブテーブル音源だけでなく、オーソドックスな波形を出力するオシレーター、マルチサンプルを使用したグラニュラー機能などに加え、物理モデル音源も搭載。サウンド・メイクの自由度が非常に高いハイエンド・シンセサイザー。

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KORG KRONOS 2

 9種類のシンセ・エンジンを内蔵したKORGワークステーション・シンセのフラッグシップ・モデル。シンセ・エンジンの中には、打弦/撥弦系の物理モデル音源“STR-1”や、バーチャル・アナログ音源“MS-20EX”、“Polysix EX”、“AL-1”を搭載。これ1台で、さまざまなモデリング音源が使用できる。

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KORG volca drum

 6パートのDSPシンセ・エンジンを搭載したリズム・マシン。シンプルなトリガー波形をベースに、ウェーブ・フォルダーやオーバードライブによる倍音や歪みを加え、さらに物理モデリングのウェーブガイド・レゾネーター・エフェクトによって、リアルな響きを与えられる。

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A|A|S Chromaphone 2

 長年に渡ってモデリング音源を開発してきたAASによるソフトウェア・シンセサイザー。ドラム、パーカッションなどの打楽器を始め、弦楽器やシンセサイザーなどの音色を作り出すモデリング音源が採用され、GUIがわかりやすく、共振モジュールが2基あるため、異なる素材を組み合わせた音作りが容易に行なえる。

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UVI FALCON 2

 オシレーターに16種類のシンセシスを持ち、モジュラー・シンセのような自由度の高い音作りが可能なソフト・シンセ。物理モデル音源はバーチャル・アナログ・シンセシス、弦振動の物理モデリング・シンセシスのPluckオシレーターを装備している。また、オプションのエクスパンジョン・ライブラリーも充実しており、プリセットはすべてカスタマイズ可能。

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シンセサイザー研究室〜Synthesizer Laboratory

  • 第1回 アナログ・シンセの超基本知識
  • 第2回 FM音源のココがポイント
  • 第3回 物理モデル音源と上手に付き合う方法
  • 第4回 ウェーブテーブル音源とモジュレーションのおいしい関係(2020年8月公開予定)
  • 第5回 ベスト・マッチなサウンドをクリエイトするレイヤー作成の極意(2020年9月公開予定)
  • 第6回 知っておくとタメになるいろんなシンセシス音源の特徴と活かし方(2020年10月公開予定)
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製品情報

アナログ・モデリング・シンセ

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物理モデル音源搭載シンセ

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物理モデリング・ソフト・シンセ

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プロフィール

内藤朗(ないとうあきら)
活動はキーボーディスト、シンセサイザー・プログラマー、サウンド・クリエーターと多岐に渡る。DTM黎明期より音楽制作系ライターとしても広く知られ、近著に「音楽・動画・ゲームに活用! ソフトシンセ音作り大全」(技術評論社刊)などがある。また、数多くの音楽専門学校、ミュージック・スクールなどでおよそ30年以上に渡り講師を務め、数多くの人材を輩出する実績を持つ。有限会社FOMIS代表取締役/一般社団法人日本シンセサイザープロフェッショナルアーツ(JSPA)正会員/MIDI検定指導研究会会員。

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