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スペクター・ベース特集

スペシャル・インタビュー:
創業者スチュワート・スペクターが語る楽器製作における信念

スペクター・ベース特集:創業者スペクター氏が語る楽器製作における信念
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 ここからは、創業者スチュワート・スペクターのスペシャル・インタビューを紹介しよう。ブランド発足当時のエピソードや木材に対するこだわり、楽器製作にかける思いを語ってもらった。

高度に考えたデザインにより、プレイする際の快適さを実現している。

―1976年当時、楽器を製作するブランドを始めたのはなぜでしょうか?

 最初は自分で使う目的で作り始めたんだよ。アパートの部屋の壁にボルトで作業台を固定して、楽器を作っていたね。当時は機械なんて持ってなくて、手作業で製作しながら楽器について学んでいったんだ。当時、手に入る本はアーヴィン・スローンっていう著者が書いた『クラシカル・ギター・コンストラクション』1冊だけだった。エレキ・ギターやベースを製作するための最適な1冊ってわけではないけど、最低限、何かしらの情報を与えてくれた。その本からフレットの位置の計算方法や、ネックを製作するための基本的な情報なんかを学んだよ。そして最初の1本が完成するまでに2年はかかった。完璧に手作業だったし、インレイ作業もかなり細かいことにこだわったんだ。宝飾細工に使うようなノコギリを使ったけど、エボニー指板にインレイを施すものとしては、かなり原始的な工具を使っていたと思うよ。スチール片を曲げただけの、工具とは呼べないようなものだったからね(笑)。決定的だったのはビリー・トーマスという男に出会ったこと。彼の家族は3世代にわたって木工作業に携わり、木工掘削の機械を安全に稼働させる術を教えてくれたんだ。それから、私と彼と、もうひとりの友人で木工作業のワークショップを共同で運営することになった。そこでは機械を自由に使うことができて、3人でシェアしながら使っていた。そこで初めて本格的な楽器製作を行なうことができたんだ。

―その頃からどんな楽器を作るのか、明確なビジョンを持っていましたか?

 いや、最初のベースはとても原始的だった。とにかく何でもいいから弦が張れるモノがほしかったんだ(笑)。それから“何ができるかやってみよう”っていう感じだったよ。初期に製作したベースはボディの幅が広くて、ウォルナットでできていた。当時の共同経営に携わったメンバーのひとりにネッド・スタインバーガーもいたんだが、彼は家具の製作の専門家で、今でも楽器をきちっとプレイしたことがない。でも、私が行なう作業には興味を持ってくれて、彼の家具製作の知識を発展させてNSスタイルのベースにたどり着いた。彼の知識と経験、そして椅子などのデザインによって得た人間工学の要素を楽器製作に生かしてくれたんだ。それが今のデザインの根本になっている。長年かけてそのアイディアを磨き上げ、改良を加えて現在に至るという感じだね。

―椅子のデザインを応用したというのは具体的にどの部分でしょうか?

 ボディのカーブだね。カーブの仕方がふたつの方向にわたっていて、それらをうまく組み合わせている。それは高度に考えられたうえでの設計で、プレイする際の快適さを実現しているんだ。

―それは背もたれの形状を元にしているのですか?

 そのとおり!ネッドはThonetというアメリカの家具メーカーで椅子のデザインをやっていたんだ。

―NSシリーズのもうひとつの特徴は、Pタイプのピックアップを逆にレイアウトしている点にあると思います。その意図は何でしょうか?

 あの配置にした理由は、サウンドのバランスにある。あれによって、高音弦の低い周波帯でのレスポンスを向上させることができた。そして低音弦には明瞭さを与えようと考えたんだよ。名前を忘れてしまったけど、あるお客さんからの要望で……彼はテレビ番組の音楽の制作で有名な人だったね。彼のリクエストはジャズ・ベース用のピックアップをふたつ搭載したモデルだったんだけど、ネック側を少しスラントさせて搭載したんだ。それがきっかけで現在のデザインにたどりついた。NS-2で採用している回路は、ニュージャージーにあるHAZラボラトリーズという会社に作ってもらっているんだけど、最初に彼らのエンジニアと話したとき、私は特殊な機器を持って行ったんだ。回路自体を板の上に固定しておいて、それをベースにつなげて回路を交換しながら試すものだよ。外付けの回路ってわけだね。そして、気に入ったパーツを選定してはプレイして聴くという作業をひたすら繰り返していった(笑)。スペクターの回路設計の基準は、基本的にサウンドがすべてだったということだよ。そもそも大学を卒業してから2年間、私はエリック・ワイスバーグというバンジョー・プレイヤーのPAエンジニアとして働いていてね。2年間にわたりアメリカ中をツアーした。そのバンドは最高のスタジオ・ミュージシャンを擁していたんだけど、ミキシング・コンソール上でどのようにしたら良い音が作れるのかといったことを常に考えることで、音のクオリティについて判断する耳を養うことができたんだ。

楽器は世代を超えて使われ続けるものになり得る。

―あなたが思う“良い音”とは?

 明瞭さがある一方でリッチさもあるサウンド。そしてすべての周波数帯でレスポンスが得られることもポイントだね。音の基礎的な部分がしっかりと聴こえること、プレイする音楽のジャンルに合わせて、ベース本体のコントロールでトーンを強調できることも重要だ。長年の経験から、木材にもさまざまな種類があって、それらは異なるサウンドを持っていることを学んだ。さらに、形状などデザイン面での工夫によってもサウンドは変化する。例えば、ブリッジとボディ・エンドまでの距離がサウンドにも影響を与える。特定の木材やデザインによって、最適な音楽のタイプも決まってくるんだ。また、生音があまり鳴らない木材で作られたベースでも、ラウドなタイプの音楽でヴォリュームを上げて弾くことにより、ヌケの良い音になることもある。音量が小さいときに薄っぺらく感じられたとしても、バンドのサウンドに混じると、必要な部分を埋めていたりするんだ。

―ジャンルによって適する木材があるんですね?

 軽い木材はブルースやR&B、そしてジャズに、もう少し固くて重めの材はメタルやハードロックに向いていると思う。楽器に用いる木材に関しては、幅広いものを取り扱っているんだ。USA製のボルトオン・タイプのベースだと、ボディはアフリカ産の軽量なマホガニーを用いている。ジャズ・ベース・タイプのCodaではスワンプ・アッシュを使っている。直近では、ニューヨークのビルの屋上に100年以上にわたって貯水タンクとして使われていたレッドウッドを手に入れたんだけど、これをフィギュアド・メイプルといったほかのトップ材と組み合わせて使ってどのようなサウンドになるかを試そうとしているんだ。フィギュアド・ウォルナットもトップ材の候補で、軽量な再利用のレッドウッドをバックに配したときのサウンドがどうなるのか興味があるところだよ。これについてはNAMMショウが終わったらすぐに取りかかるつもりさ。貼り合わせの準備もできているし、パーツが上がってきたらすぐに組み込むつもりなんだ。

―楽器用としては、乾燥作業が必須なのでは?

 “貯水タンクに使われていたから、なおさら乾燥させなきゃ”っていうことだね?良い質問だ。これはフランクフルトで行なわれているミュージック・メッセで学んだことだけど、伝統的なヴァイオリンの製作過程では、木材は冬の期間に山から切り倒されて運ばれてくる。ヴァイオリンの場合はメイプルを使うことが多くて、それを川のなかに1年間も沈めてしまうんだ。1年間流水にさらすことで、中にある糖分を洗い流して共鳴しやすい木材へと変化させてくれる。一度洗い流してしまうと、木材に入り込んだ水分は抜けやすくなり、未処理のものと比べて共鳴の仕方が大きく変わってくるんだ。だから水にさらしたにもかかわらず、もっと水が抜けやすくなっていく。これは、最近になって知ったことで、ヴァイオリン用の木材が氷漬けになっている写真も見せてもらったよ。

―現在、木材の選別には、あなたが関与しているのですか?

 私たちは長く取引している供給元があって、さまざまな木材を扱ってくれている。フィギュアドの材が入ったときはスタッフを連れて見に行き、選別してどれをどの楽器の、どの部分に使うかなんて話をしているんだ。だから、木材のセレクトという点で私は今でも関与しているね。また、フィギュアド以外のほかの材なら、欠点を探して、私たちが考える欠点の要素がないものを選ぶようにしている。ときには、ひとつの木材のなかでも欠点とする部分が偏って分布していて、持って帰ってカットするまで見えないことも珍しくはない。ネックを整形していくまでまったくわからないこともある。そういった欠陥がないように、可能な限り選ぶようにしているよ。

―木材に対する愛が伝わってくる話ですね。

 木材に限らず、私はモノを作ることが大好きだし、音楽に関する道具を作れるということは本当に恵まれていると思う。音楽家は楽器を愛し、長い間楽器を使い続けるわけだからね。世界中には数年間しか耐用できないものがたくさん作られているけれど、楽器は世代を超えてずっと使われ続けるものになり得るんだ。“Playing music”という言葉があるけど、それはplayの本来の意味(=遊ぶ)と同じ気持ちを持って“音楽で遊ぶ”ってことだと思っている。音楽を奏でることは世界に喜びをもたらす素晴らしいことで、その一部になれていることを嬉しく思うよ。

―現在、後藤次利さんのモデルを製作中とのことですが、これは日本人初のシグネイチャー・モデルになりますね。

 そうなんだよ。

―日本のファンは非常に楽しみにしています。

 それは素晴らしいことだね!これの元となるモデルNS-2Jは、ボブ・ディランのバンドなどで弾いているトニー・ガルニエをはじめ、いろんなジャンルのベーシストにも愛用されてきたモデルなんだ。現在、このプロジェクトを進めている途中だけど、サウンドも素晴らしい1本に仕上がるはすだよ。