楽器探しのアシスト・メディア デジマート・マガジン

  • 特集
  • さまざまな音楽ジャンルのドラマーに応える豊かな表現力

今井義頼 meets YAMAHA Absolute Hybrid Maple

YAMAHA Absolute Hybrid Maple

  • 文:リズム&ドラム・マガジン編集部[リットーミュージック]、山本雄一[RCCドラムスクール]
  • スチール撮影:雨宮透貴 動画撮影&編集:森田良紀

2014年、ヤマハ・ドラムがライブカスタムに続き、最新シリーズ、“アブソルートハイブリッドメイプル(以下、AHM)”を発表した。満を持してリリースされたこのモデルは、“メイプル+ウェンジ”というフラッグシップ・モデル=PHXと同じ“ハイブリッド・シェル”仕様や、こだわりのエッジ加工など、従来のメイプル・シェルでは表現できなかった豊かな倍音と幅広い音調を実現しているという。今回の特集は、有形ランペイジで活躍し、さまざまなアーティストのサポートも務める若手実力派ドラマー今井義頼氏の試奏レポート、スペック解説、そして開発者インタビューとともにAHMの魅力を徹底検証する。

このエントリーをはてなブックマークに追加

今井義頼がアブソルートハイブリッドメイプルを叩き倒す!

 ヤマハ・ドラムが長年の研究と開発期間を経て世に送り出した最新シリーズ、アブソルートハイブリッドメイプル(AHM)。今回は、“メイプル+ウェンジ”のハイブリッド・シェル仕様が生み出す豊かな倍音や、オールラウンドに対応する幅広さを持つAHMの特徴を引き出すために、20"、22"、24" バス・ドラムを基調とする“さまざまジャンル”を想定した3つのキット「Standard」「Jazz」「Rock」を都内レコーディング・スタジオに持ち込んで試奏。参加してもらったのは、“ドラマー” より今井義頼、“ドラム・テック” より村上敦宏。この2人にサウンド/使い勝手などを検証してもらい、今井が試奏時に受けたインスピレーションを元に自由にアプローチしてもらった。なお、本試奏には主観的な意見が含まれるところもあるので、気になる製品があればぜひ楽器店などで実際に製品を手に取って、自身で確かめてほしい。
それでは早速ムービーをチェックしていただこう。

Playing AHM:“Standard Kit”

 “Standard Kit”は、標準的な22"バス・ドラムを基調とした2タム1フロアのキット。ここでは、標準装備のヘッドのみで音作りをして、今井に幅広いダイナミクスで演奏してもらった。なお、レコーディングはバス・ドラムにサウンド・ホールを空けて行っている。

“Standard Kit”[22"×16" BD、10"×7" TT、12"×8" TT、16"×15" FT、14"×6" SD]

Drummer's & Drum-Teck's Comments:今井&村上コメント

――メイプルらしい明るい音ガンガン叩いてもついてきてくれる(今井)
――非常に扱いやすく使い勝手の良さが素晴らしい。プレイヤーのレベルアップの助けになる楽器(村上)

今井個人的には今回のスパークル系の充実はうれしい(笑)。フル・ショットしたときに“ドーン!”と鳴ってくれるのが良いですね! 音量がそのままついてきてくれる感じです。受け止めてくれる許容量が大きいというか。そしてこの明るい音!

村上標準ヘッドがエンペラークリアということもありますが、メイプルらしい明るさが良いです。チューニングしていない“箱から出した状態”で叩いてみたのですが、いきなりしっかりと鳴ってくれたのに驚きました。もちろん調整することでさらに良くなると思いますが、非常に扱いやすいと思います。実際にいじってみると音程のバラつきが明快に聴き分けられるので、精度の高いチューニングが可能です。だからといって、変にシビアで気難しい楽器というわけではありません。私はかなりキッチリとピッチを合わせる方ですが、わりとラフな状態でもなかなか良い感じに鳴ってくれます。許容範囲が広く、大らかな使い勝手の良さを感じますね。ベテランのドラマーはもちろん、これからチューニングがうまくなりたいというビギナーにとっても挑戦しがいのあるセットだと思います。プレイヤーのレベルアップを助けてくれる楽器と言っても良いかもしれません。

今井タムのミドル・ピッチが気持ちいいですね〜。僕はこういう音、すごく好きです。中低音がしっかり出ていて、特にスネアは、ガンガン叩いても“パキーン!”と 明るくおいしいところが出てきますね。めちゃくちゃ気持ちいい! 明るく元気の良い倍音を求められることが現場ではよくあるんですけど、この感じならバッチリですよね。

“Standard Kit” Set up & Specifications

【22"×16" Bass Drum】●Price:¥139,000●Hoop:Wood Hoop(10Lug)●Head:YAMAHA/REMO Powerstroke 3 Clear(Batter)、YAMAHA/REMO Powerstroke 3 Smoothwhite (Front/Sound Hole)
【10"×7"、12"×8" Tom】●Price:¥52,000(10”×7”)、¥56,000(12"×8")●Hoop:Aluminum Die-cast Hoop(6Lug/3mm Thick)●Head:YAMAHA/REMO Emperor Clear(Top)、YAMAHA/REMO Ambassador Clear(Bottom)
【16"×15" Floor Tom】●Price:¥82,000●Hoop:Aluminum Die-cast Hoop(8Lug/3mm Thick)●Head:YAMAHA/REMO Emperor Clear(Top)、YAMAHA/REMO Ambassador Clear(Bottom)
【14"×6" Snare Drum】●Price:¥57,000●Hoop:Aluminum Die-cast Hoop(10Lug/3mm Thick)●Head:YAMAHA/REMO Ambassador Coated(Top)、YAMAHA/REMO Ambassador Snare(Bottom)●Snare Wire:Steel(25Wires)●Strainer:Q Type
【Cymbals】●A ZILDJIAN:L to R(Drummer’s Side)14" New Beat Hi-Hats、16" Medium Thin Crash、10" Splash、20" Medium Ride、18" Medium Thin Crash
【Pedals】●YAMAHA Foot Pedal:FP9500D●Hi-Hat Stand:HS1200T
【Color】Pink Champagne Sparkle
【Total Price】¥386,000(Except Cymbals & Hardware)

Playing AHM:“Jazz Kit”(+Coated Head)

 “Jazz Kit”は20"BD、10"TT、14"FTのキット。動画では、標準装備のエンペラー・クリアのヘッドではなく、レモ・コーテッド・アンバサダーに張り替え、バス・ドラムのヘッドはホールを空けずに収録。“Jazz”と言っても、ジャズにとらわれない自由なアプローチでプレイしてもらった。

“Jazz Kit”(+Coated Head)[20"×16" BD、10"×8" TT、14"×13" FT、14"×6" SD]

Drummer's & Drum-Teck's Comments:今井&村上コメント

――コーテッド・ヘッドにすると“甘い音”に。このサイズ構成でもいろいろいけると思う(今井)
――倍音豊かなのに嫌なサステインが残らない。コシのあるザラついたコーテッドも○(村上)

今井やっぱり僕の好きなヤマハらしい柔軟性と安心感のある音ですね。コントロールしやすくて思うように鳴ってくれますし、いろいろと音色をいじりたくなる気にさせてくれますね。

村上チューニング・レンジは非常に広いですね。しかもオープンで倍音豊かなのに嫌なサステインが全然残りません。エッジの加工精度とフープの剛性の高さがすごく感じられますね。叩いたときの音程の差が明快で、わかりやすいです。

今井フロア・タムが外から聴いていてすごく良い音がしているな〜。ホールなしのバス・ドラムもかなり良いですし、鳴りがすごくストレート! 今回“Jazz Kit”ということで、そういう方向性のチューニングにしていますが、口径20"のバス・ドラムですし、フュージョンやロックなど、このサイズ構成でもいろいろと使えそうですね。今回は10"タムで試しましたが、12"でも叩いてみたい!

村上クリアエンペラーでジャズをやってはいけないってことはありませんし、標準仕様のヘッドを使っていろいろなサウンドにトライするのが基本だと思いますが、コーテッド・アンバサダーに換えるとサウンドが全然変わってきますね。

今井確かにコーテッド・ヘッドに換えると全然違いますね! 甘い音が良い感じです。フュージョンの現場などで使ってみたいですね。

村上バス・ドラムは軽いミュートで音がまとまりました。ザラついたコシのある太いミッド・レンジに味があります。コーテッドの方がパワーストローク3よりチューニングによる音色の変化が激しいぶん、音作りの幅はグッと広がりますね。

“Jazz Kit” Set up & Specifications

【20"×16" Bass Drum】●Price:¥133,000●Hoop:Wood Hoop(10Lug)●Head:YAMAHA/REMO Powerstroke 3 Clear(Batter)、REMO Coated Ambassador(Front)
【10"×7" Tom】●Price:¥52,000●Hoop:Aluminum Die-cast Hoop(6Lug/3mm Thick)●Head:REMO Coated Ambassador(Top)、YAMAHA/REMO Ambassador Clear(Bottom)
【14"×13" Floor Tom】●Price:¥76,000●Hoop:Aluminum Die-cast Hoop(8Lug/3mm Thick)●Head:REMO Coated Ambassador(Top)、YAMAHA/REMO Ambassador Clear(Bottom)
【14"×6" Snare Drum】●Price:¥57,000●Hoop:Aluminum Die-cast Hoop(10Lug/3mm Thick)●Head:REMO Coated Ambassador(Top)、YAMAHA/REMO Ambassador Snare(Bottom)●Snare Wire:Stee(25Wires)●Strainer:Q Type
【Cymbals】●ZILDJIAN K KEROPE Series:L to R(Drummer’s Side)14" Hi-Hats、18" Cymbal、20" Cymbal
【Pedals】●YAMAHA Foot Pedal:FP8500D●Hi-Hat Stand:HS850
【Color】Classic Walnut
【Total Price】¥318,000(Except Cymbals & Hardware)

Playing AHM:“Rock Kit”(+CS Head)

 “Rock Kit”は、大口径の24"バス・ドラムを基調とした3タム1フロアのキット。動画では、打面ヘッドを標準装備のエンペラー・クリアではなく、タム類がレモCSクリア、スネアがCSコーテッドという使用に変更。バス・ドラムのフロント・ヘッドには“Standard Kit”と同様、サウンド・ホールを空けて収録した。

“Rock Kit”(+CS Head)[24"×16" BD、10"×8" TT、12"×9" TT、13"×10" TT、16"×15" FT、14"×6" SD]

Drummer's & Drum-Teck's Comments:今井&村上コメント

――メイプルらしさと良い帯域はすべてのタイコ共通。その上の音作りでサウンドのキャラクターが出る(今井)
――一貫して安定した芯のあるパワフルな音。CSヘッドでは太くヘヴィなアタックが際立つ(村上)

今井僕も今、同じサイズ構成をスタンダードに使っていて、個人的には重低音が鳴る方が肌にしっくりきますね。このキットに関しては、低いピッチの感じが良かったです。大音量!ですが、外から音を聴いてもツブがソリッドに出てますね。

村上離れて聴いてダメなときは、録ってもダメですからね。パワフルでオープンでありつつも、従来のヤマハらしいタイトさ、まとまりの良さもあって、そのあたりはウェンジ材や空気穴の数や配置などが効いていると感じます。Y.E.S.S.IIIは、マウントを外してもセットして叩いても響きがほとんど変わらないですね。

今井従来のY.E.S.S.は、叩いたときの揺れが結構気になったりもしたのですが、今回は“ 縦のブレ” が全然ないのがすごく良いですね!

村上ロッドの長さを、短く/長く変えても、響きがほとんど変わらないものが素晴らしい。

今井そうなんですよ! これまでは“もうちょっとロッドの長さを変えたいけど、音が変わってしまう……” ということがよくあって。

村上一貫して安定した芯のあるパワフルな音ですね。CSヘッドに換えると太くヘヴィなアタックが際立ちます。特にスネアのCSコーテッドは非常に好印象。低めのチューニングが特に良い感じ。

今井CSを張ってもAHMのメイプルらしさ、良い帯域はしっかり保たれていると思うんです。すべてのタイコに言えますけど、特有のレンジみたいなものがはっきりあって、その上でヘッドやチューニングを変えたりすることで、サウンド・キャラクターが出てくる感じがしますね。

“Rock Kit” Set up & Specifications

【24"×16" Bass Drum】●Price:¥155,000●Hoop:Wood Hoop(10Lug)●Head:YAMAHA/REMO Powerstroke 3 Clear(Batter)、YAMAHA/REMO Powerstroke 3 Smoothwhite(Front/Sound Hole)
【10"×8"、12"×9"、13"×10" Tom】●Price:¥52,000(10"×8")、¥56,000(12"×8")、¥61,000(13"×10")●Hoop:Aluminum Die-cast Hoop(6Lug/3mm Thick)●Head:YAMAHA/REMO CS(Top)、YAMAHA/REMO Ambassador Clear(Bottom)
【16"×15" Floor Tom】●Price:¥82,000●Hoop:Aluminum Die-cast Hoop(8Lug/3mm Thick)●Head:YAMAHA/REMO CS(Top)、YAMAHA/REMO Ambassador Clear(Bottom)
【14"×6" Snare Drum】●Price:¥57,000●Hoop:Aluminum Die-cast Hoop(10Lug/3mm Thick)●Head:REMO CS Coated(Top)、YAMAHA/REMO Ambassador Snare(Bottom)●Snare Wire:Steel(25Wires)●Strainer:Q Type
【Cymbals】●A ZILDJIAN Heavy Series:L to R(Drummer’s Side)15" Hi-Hats、17" Heavy Crash、19" Heavy Crash、22" Medium Heavy Ride、21" Ultra Hammered China
【Pedals】●YAMAHA Foot Pedal:DFP9500D●Hi-Hat Stand:HS1200T
【Color】Polar White
【Total Price】¥463,000(Except Cymbals & Hardware)

総評

 試奏の最後に3セット分の試奏&録音を通じて、今井義頼と村上敦宏が感じたAHMの魅力、また、サウンドの特徴、チューニング・レンジ、ハードウェアの印象や使い勝手など、トータルのインプレッションを2人に対談形式でたっぷりと語ってもらった。

ドラムテックの村上敦宏氏(左)と今井義頼氏。

――一貫した芯の強さと何にでも化けられる柔軟性が両立したタイコだと思います(今井)
――非常にコントローラブルでオープンなアタックとサステインが良いバランスに収まるんです(村上)

村上今回、試奏〜録音を通じてまず感じたのは“安定感“と“信頼感”。“自分が目指すところにちゃんと収まってくれる感じ”と言ってもいいかもしれません。とにかくコントローラブルで、音作りの自由度も高い。そして抜群のマイク乗りの良さ。例えば現場では大口径のフロア・タムの余計なサステインの処理に苦労することが多いんですが、AHMはそれがほとんどありませんでした。普段は自分が良い感じに音作りできたなと思って録ってみると、“鳴りは良いけど、少しサステインが長いかな”とエンジニアから言われて微調整、ということが非常に多いんですよ。

今井確かにフロアで全然つまずきませんでしたね。僕もよくチューニングで困ることがあります、タム同士の共鳴とか。今回はもちろん村上さんに調整していただいたということもあるんですけど、すべてのタイコが非常にクリアな音で“ドン!”って鳴ってくれるのが素晴らしかったです。

村上そういう倍音やサステインの処理が腕の見せどころだったりするわけですが、今回はそんな裏技とか秘技みたいなものを使うまでもありませんでした(笑)。アタックとオープンなサステインがちょうど良いバランスですんなり収まってくれるんです。初めて使うセットであるにも関わらず、変に探りを入れなくてもすんなり結果が出せました。エッジの加工精度やパーツ剛性の高さ、口径によってシェルの空気穴などを変えたり……きめ細かいサウンドへの配慮の結果だと思います。チューニングをしていてピッチが合っているかどうか、非常にわかりやすかったですね。

今井プレイヤーとしても、もちろん扱いやすいです。僕は今回、叩くことに専念させてもらったんですけど、試奏〜録音の流れの中で一貫してオイシイ帯域で“スコーン!”と真っ直ぐに抜けるAHMの良い特徴が終始感じられた気がするんです。試奏のときに感じたメイプルの明るさがレコーディングでさらにグッと迫ってくるような感じでしたし、実際に音を録るとき、意識と集中力はやっぱり研ぎ澄まされていくような感じになるんですけど、そういう中でタイコの気持ちの良い部分やおいしい部分……録音ではイヤモニで音を聴いていたんですけど、その良い成分がスッと自分に入ってくるような感じがしました。気持ち良く叩き続けることができましたね。エンジニアの中原さんと村上さんの音作りもありますけど、素晴らしい音で録ることができて、もう好印象しかないですね!

村上音が素直に“スパーン!”と出てくる感じが良かったですね。立ち上がりが早くキレも鋭い。

今井今回、ジャズ・コンボ的なもの、フュージョン、いなたいロック、ラウドなロック……とにかくいろいろな音作りをして、ジャンル的にものすごい振れ幅になっていましたけど、これが同じモデルの中でできるってすごいことですよね。ヘッドを換えるとそのヘッドの特徴がすごく出てきますし、そういった意味での守備範囲の広さは素晴らしかったですね。一貫した芯の強さと何にでも化けられる柔軟性が両立したタイコだと思います。

村上装着するヘッドを選ばない、叩き手を選ばないドラムだと思うんです。チューニングに関しても、どのレンジでもしっかり鳴ってくれて自由度の高い音作りができました。今回は楽曲を録る通常のレコーディングとは違い、EQやコンプといった処理はほとんどせずに、マイクからインプットされた音をバランス良く録っていただきましたが、非常に整った音がいきなりストーン!と出てきたのは痛快でしたね。もちろん叩き手によるところもありますが、叩いた音と録れた音の誤差がほとんどない感じが素晴らしい。

今井そうなんですよ! エンジニア・サイドも「良い音だ!」って話していましたし、マイクで拾う点に関しても申し分ないセットでしたね。特にスネアはめちゃくちゃ気に入りました!

村上メイプルの明るく温かみのある鳴りにメタル・スネアのようないい感じの硬さ、ソリッドさみたいなニュアンスも感じられ、従来のヤマハのウッド・スネアにはなかったキャラだな、と思いました。

今井アップグレードされた感じはすごくあります。気になった方はぜひ試奏してほしいんですけど、おもむろにトントン叩くだけでなく、ぜひ“音楽”を強くイメージして、入り込んで試してみてほしいですね。より楽器と対話できると思いますし、AHMの良さが感じられると思うんです。長くつき合える素晴らしいドラムだと思いますよ!

Check The Absolute Hybrid Maple:AHMのスペックを徹底解剖!

 まずはAHMに搭載された新機能、新採用の機構の数々を見ていこう。フラッグシップ・モデル=PHXと同じハイブリッド・シェル仕様、新たな素材=ウェンジ、さらなる進化を遂げたY.E.S.S.IIIなど、ここでは特徴的なスペックを中心に解説していく。
※文:山本雄一[RCCドラムスクール]

【Shell】メイプル+ウェンジの“ハイブリッド”仕様

 2008年、ヤマハは“ジャトバ”と“カポール”という、ドラム界では知られていない素材を組み合わせ、“PHX”という新世代ドラムを世に送り出しました。そのモンスター級サウンドのインパクトは“ハイブリッド・シェル”の持つ大きな可能性を示したようにも思います。
 そして今回発売された“アブソルートハイブリッドメイプル(以下、AHM)”は、ドラム・シェルとして最もポピュラーな素材であるメイプルが主役。いわゆる“メイプル・シェル” に、“ウェンジ”という強度の高い芯材が組み込まれました。スペック的には“メイプル3 プライ、ウェンジ1プライ、メイプル3プライ” という計7プライ構造。結果としてメイプルの中心に1 プライだけ異なる素材が入っただけですが……、私が試奏したときは、従来のヤマハ製メイプルとは違うキャラクターに感じました。弱い音から強打まで、あらゆるタッチに対しての反応が敏感かつ的確で、メイプルらしい明るい“鳴り”を持つ一方、芯の太い“まとまり”もあります。例えばドラムを選ぶときに“メイプルか? バーチか?”と悩む場面があると思いますが、この独特のサウンドを体験すると“AHM良いかも!”と決断できる……、そんな魅力を持ったシェルだと思います。

【Drum Head】シェルの鳴りを最大限に引き出す

 AHMに標準装備されたヘッドは、バス・ドラムがヤマハ/レモのパワーストローク3(18インチのみアンバサダーコーテッド)、タムの打面はエンペラークリア、ボトムはアンバサダークリア、スネアはアンバサダーコーテッド、ボトムにアンバサダースネアとなっています(下図参照)。この標準ヘッドによる音が1 つの基準になると思いますが、実際には好みによっていろいろなタイプのヘッドを試してみると良いですね。特にタムやフロア・タムは、1プライのアンバサダー・タイプを張ると、明るい成分と立ち上がりの鋭さとがグンと増します。また、今回の試奏動画のようにコーテッド・ヘッドによるジャズ系や、CSタイプを張ったパンチの効いたロック・サウンドも気持ちいいですね!このドラムならではの個性は常に存在しつつ、ヘッドの選択によって、幅広いサウンドに対応できるのもAHMの魅力でしょう。

【ハイブリッド・シェル構造】
AHMは最上位機種=PHXと同様のハイブリッド・ シェルが採用。その構成は硬く重厚なウェンジを芯材に、その両側をメイプルで挟み込む3+1+3の計7プライだ。また、シェル内側にはヴィンテージナチュラル塗装が施されており、適度なサウンド・コントロールを実現。

【ベアリング・エッジ加工】
エッジ加工は、キット全体のサウンド・バランスを最適化するために、スネア・ドラム/タム/フロア・タムを45°/R1.5に、バス・ドラムを30°/R1.5としている。写真はフロア・タムのベアリング・エッジ。非常に丁寧に美しく加工されていることがわかる。

【ベント・ホール】
ベント・ホール(空気穴)は、シェルのサイズに応じて最適な数と配置が考慮されている。これによって音の立ち上がり、そして適度なサステインの長さがコントロールされている。

【打面ヘッド】
タム/フロア・タムの標準ヘッドはヤマハ/レモのエンペラークリア。ヘッドによるサウンドの変化もAHMの特徴の1つだという。

【Hardware】シェルの鳴りを最大限に引き出す

 ドラムのサウンドは、シェル本体だけではなく、パーツ類も大きく影響をおよぼします。このAHMには、そういったパーツ部分へのこだわりや進化も感じられますね。
 まずラグですが、すべてのドラムに採用されたのは、PHXでも使われているフック・ラグ。これはシェルに接地する金具部分が少ないので、シェル振動への干渉を最小限に抑えられるという利点があります。ノーマルのラグとは異なる仕組みなので、最初こそ慣れが必要ですが、一度慣れてしまえばヘッド交換も楽になりますね。
 またタムのマウントにはY.E.S.S. IIIが新登場。“シェル振動を十分に引き出し、タテ揺れが少ないので演奏しやすい”というY.E.S.S. II-mの魅力を継承しつつ、樹脂パーツを用いた新構造により、さらにポテンシャルが高められています。
 そしてフロア・タムのブラケットは、太い基音をシッカリと出しつつ、サステインが適度にコントロールできる構造なので、セット全体のバランスが非常に取りやすいと言えるでしょう。

【フック・ラグ】
AHMのすべてのシェルには“フック・ラグ”が装着。その名の通り、“フック方式”でラグ・ポスト(受け側)に引っかけるだけなのでスピーディにヘッド交換が可能。また、チューニングの安定性や、余計な振動を抑えつつシェルの鳴りを最大限に引き出すデザインも特徴の1つだ。

【Y.E.S.S. III】
ヤマハ独自のタム・マウント・システム、Y.E.S.S.(ヤマハ・エンハンスド・サステイン・システム)。“III” となった今回、金属製のパーツを少なくすることで共振周波数を5%軽減、各タイコの音の分離性、タムのシェル鳴りを向上させたという。

【フロア・タム・ブラケット】
フロア・タムのブラケットはレッグを挟み込む方式の “オープン・タイプ” を採用。 これによってフロアのスムーズな高さ調整と適度なサステインのコントロールを両立させているという。

【タム・ホルダー・ベース】
AHMのタム・ ホルダー・ベースは軽量でシェルとの接地面積を抑えた新デザイン。バス・ドラムのシェル鳴りを最大限に引き出す。

【Size Variation】豊富なラインナップ

 バス・ドラム、タム、フロア・タムには、サイズもいろいろと用意されています。バス・ドラムには22"×18" というディープ仕様がある一方、24"×14" というクラシカルなロック・テイストを漂わせるサイズがあるのも面白いですね。タムは8" 〜16" まで口径は6 種類で、10"、12"、13"のタムはレギュラーと深胴が選べます。そして14"、16"、18" のフロア・タムは、それぞれ口径よりも深さが小さいという仕様。どれも単音での良さはもちろん、組み合わせたときのバランスが取りやすい響きなので、自分の好みで自由にチョイスする楽しみがあります。それに対しスネア・ドラムは、現状14"×6" という1 サイズのみというのが潔いところ。サイズ・バリエーションを増やすことは可能だったと思いますが、逆に言えば “この1 サイズであらゆる音が出せる” という自信が伝わってきました。そして実際に試奏しましたが……これがまさに大当たり。ミドル・ピッチは当然のこと、超ハイ・テンションから極端なロー・ピッチまで、あらゆるチューニングで実用的なサウンドが導き出せる素晴らしいスネアです。

バスドラム

品番口径深さ税抜価格
AMB1814 18 14 ¥123,000
AMB2016 20 16 ¥133,000
AMB2214 22 14 ¥133,000
AMB2216 22 16 ¥139,000
AMB2218 22 18 ¥149,000
AMB2414 24 14 ¥149,000
AMB2416 24 16 ¥155,000

(単位:インチ)

フロアタム

品番口径深さ税抜価格
AMF1816 18 16 ¥88,000
AMF1615 16 15 ¥82,000
AMF1413 14 13 ¥76,000

(単位:インチ)

タムタム

品番口径深さ税抜価格
AMT1614 16 14 ¥76,000
AMT1412 14 12 ¥66,000
AMT1310 13 10 ¥61,000
AMT1309 13 9 ¥61,000
AMT1209 12 9 ¥56,000
AMT1208 12 8 ¥56,000
AMT1008 10 8 ¥52,000
AMT1007 10 7 ¥52,000
AMT0807 8 7 ¥48,000

(単位:インチ)

Interview with YAMAHA STAFF 〜AHM開発秘話〜

 長年の研究、そして幾度に渡る試作を経て生まれたAHM。その開発から発表に至るまでにはどんなエピソードが隠されているのだろうか。製品コンセプト、新採用のシェル&パーツの生まれた背景、アーティストとのディスカッションなど、完成に辿り着くまでの話を聞いた。
※取材&文:リズム&ドラム・マガジン編集部

“シェルの振動ポテンシャルの最大化”と“シェル振動損失を極小化できるハードウェア”

――まずは、AHM開発の経緯を教えてください。
今回の開発は“ドラマーにとって表現力とは何なのだろう?”という疑問からスタートして、ヴォーカリストが歌うような感覚で、ドラマー自身がドラムで歌う感覚を楽器側から提供できればという想いで作った楽器です。開発当初は一言で表現力と言っても、具体的にそれが何を意味するのかという点で悩みましたが、さまざまな意見が出る中でジャンルやシチュエーションに関係なく共通して言えることは、ピアニッシモからフォルテッシモまで“ダイナミック・レンジへの追従性”が高い楽器が表現力の鍵になるという結論に達しました。アンサンブルの中でも、弱く叩いたときに埋もれることなく音の芯を保ちながら弱さを表現して、かつドラムの醍醐味である強打時の迫力を発揮できるドラムを目指して、長期に渡るさまざまな研究開発を重ねた結果、現在のスペックにいたりました。開発における2つの大きなテーマは、“シェルの振動ポテンシャルの最大化”と、“シェル振動損失を極小化できるハードウェア”でした。

――ヤマハ・ドラムの中でのAHMの具体的な位置づけがあるのでしょうか?
PHXは弊社のテクノロジーを結集したフラッグシップ・シリーズです。ここは現時点でも変わりません。今回のAHMはPHX開発時の研究成果をかなり生かしつつも、軸足はメイプルに置いて、上記のコンセプトを実現しました。昨年投入したLive Customは“現代のライヴ環境での実用性”というテーマで“物理的にも感応的にもパワフル”なドラムを目指して開発しました。まとめると、
【PHX】弊社テクノロジーを贅沢に結集したフラッグシップ
【AHM】奏者のダイナミック・レンジに追従する表現力
【Live Custom】現代のライヴ環境で求められるパワフルなサウンド……となります。

ハイブリッド・シェル・コンセプト実現に“ウェンジ材”は欠かせない要素です

――PHXと同様“ハイブリッド・シェル仕様”を採用した理由について教えてください。
大きなテーマの1つであった、“シェルの振動ポテンシャルの最大化”がハイブリッド構造シェル採用の理由です。シェルの中央に固い材料を使用するこの構造は、打撃に対する縦方向の剛性を持ちながら振動に対するしなやかさを両立できるので、ドラムの音にとって抜群に有利な構造です。もともとメイプル材がさまざまな周波数帯域で多くの音を出してくれますので、その特徴である温かみのあるオープンな音像をハイブリッド構造による振動力強化で、さらにグレードアップしました。

――芯材のウェンジについてはいかがでしょうか?
ウェンジはPHXに使用されているジャトバと同様の高比重木材で、上記のハイブリッド・シェル・コンセプトを実現するのに欠かせない要素です。

――エッジ加工に関してのこだわりは?
開発初期段階はエッジもPHX開発時の経験から(PHXと)同様のエッジ角度をすべて採用したところからスタートしましたが、アーティストとのエバレーションを重ねた結果、タム/フロア・タムに関しては違うアプローチの方がコンセプトに合うのではないかという結論に達しました。結果、バス・ドラムに関しては、PHXのエッジをそのまま採用し、タム/フロア・タムに関しては一番評価の高かった45度を採用しています。

――AHMの特徴、“豊かな倍音と幅広い音調”も、このシェル構成、エッジ角に深く関係しているのでしょうか?
非常に密接に関係しています。メイプルの豊かな倍音はハイブリッド構造シェルで豊かさを増すことができました。そのシェルのポテンシャルを最大化するためのハードウェアもその点については活躍してくれています。音の立ち上がりの微妙なニュアンスやサステインの伸び方などに関わってくるエッジ角度を上記に設定して、ピアニッシモからフォルテッシモまで最適なトーンを出すことができるようになりました。

――なるほど。では、カラー・バリエーションのこだわり、ねらいがあれば教えてください。
カラー・バリエーションに関しては、さまざまな角度から世界のトレンドを取り入れる形で、カリフォルニアにあるR&D拠点と浜松の本社でカラー開発を進め、今回の10色を採用しています。今回のAHMでは、随所に高度なテクノロジーを採用しているだけに、一見の派手さや、奇をてらうことは逆に避け、伝統的なアコースティック・ドラムとしての存在感や高級感を出すことに注力しました。特に意識したのは、弊社の鏡面塗装品質の高さを生かすことです。新色のClassic Walnut、Red Autumnはシースルー鏡面塗装で木目を生かしながらこだわりの茶色と赤を表現した自信作ですので実物をぜひ見ていただきたいです。

シェルの振動ポテンシャルを生かすハードウェアがダイナミック・レンジへの追従性を実現しています

――ハードウェアについてもおうかがいします。全体的な軽量化、シェルとのフローティング化は、やはり“鳴る方向へ”と考慮されているためでしょうか?
そうですね。シェルの振動ポテンシャルを最大限生かすハードウェアを採用することで、コンセプトであるダイナミック・レンジへの追従性を実現しています。

――新開発のタム・マウント・システム=Y.E.S.S.IIIについて、改良点、特徴などを教えていただけますでしょうか。前モデルのY.E.S.S.II-mとの違いは?
従来のY.E.S.S.II-mのプレート部分をパーツ分解して、シェルと接している防振ゴムの動きをより自由にしたのがY.E.S.S.IIIです。防振力を高めることで、シェル振動のハードウェア側への逃げを減らし、シェル振動はよりシェル自体に留まります。それぞれのタムの振動ロスが減り、リッチなトーンを実現します。

――バス・ドラムにパワーストローク3クリア(18"除く)&タム類にクリア・エンペラーという標準ヘッドの組み合わせについてはいかがでしょうか?
工場出荷時の搭載ヘッドに関しては、ドラマーによって趣向がさまざまですので、この組み合わせが誰にとってもベストということはないと思いますが、コンセプトを実現できるヘッドの中から、要望の多さや実用事例の高さなどで決めています。

――各タイコのサイズ・バリエーションについて、こだわった点、ねらいがあれば教えてください。
ジャンルや使い方を特定せず、それぞれのプレイヤーに合った豊富なサイズ・バリエーションを展開したい一方で、弊社としてはこれがAHMだというご提案をしたかった側面があります。バス・ドラムはコンセプトである表現力実現のために、深い方向はあえて加えず、浅い方向のサイズ展開にしました。スネア・ドラムのサイズ・バリエーションがワンサイズである理由は、木胴スネアを探しているドラマーが、幅広く活用できる定番として迷わず選べる1台を、という想いです。

――AHMはプロ・ドラマーの意見も反映されているのでしょうか? 実際に試奏したプロ・ドラマーのインプレッションの中で、特に印象深かったコメントがあれば教えてください。
開発段階のあらゆるプロセスでドラマーの意見を聞いております。結果的にですが、今回のAHMでは試作品の評価を今までにない数のドラマーと実施しました。印象的だったのは、最終段階の試作品評価を実施していたとき、テディ・キャンベル氏がセットに座ってちょっとタムに触った瞬間に、すごく驚いた様子で「今まで叩いたヤマハの中で一番良い」といったコメントをしてくれたときです。

――最後の質問になりますが、AHMをどんなドラマーに、また、どんなふうに使ってほしいですか? これからこのキットを使うドラマーにメッセージをお願いします。
アブソルートハイブリッドメイプルは、ドラマーのもっと表現力を発揮したいという想いを高次元で受け止められるよう、長い期間の研究開発を通して生まれたドラムです。「曲のここでこんな音を出したいなぁ」といった一打一打に確実に応えてくれると思いますので、楽器との一体感を味わってもらえるとうれしいです。


■リズム&ドラム・マガジン 2014年10月号のAHM特集記事も必読!

 リットーミュージック刊『リズム&ドラム・マガジン 2014年10月号』では本特集と連動してYAMAHA Absolute Hybrid Mapleを10ページに渡り大特集!ここでは掲載しきれなかったAHM愛用ドラマーが語る魅力や、キットの写真はもちろん、誌面付録CDには、今井氏による各サイズ毎のサウンド・チェック音源や、ヘッドを変更してのソロ演奏をたっぷり収録しています!是非、手に取ってご堪能ください!

■定価:1,358円(本体1,257円+税)
■仕様:A4変型判/160ページ/CD付き
■発売日:2014.9.13

リズム&ドラム・マガジン 2014年10月号の詳細・購入はこちら!

このエントリーをはてなブックマークに追加

製品情報

Zildjian / シンバルを検索

【問い合わせ】
ヤマハミュージックジャパン http://www.zildjian.jp/
デジマートでこの商品を探す

プロフィール

今井義頼(いまい・よしのり)[Drummer]
1987年生まれ。幼少よりピアノ、13歳より打楽器を始める。現在はササキオサム(ex.MOON CHILD)、栄喜(ex.SIAMSHADE)、野獣王国など、ジャンル問わずさまざまなアーティストのサポートを務める。2012年にはドラム・マガジン・フェスティバルにも出演を果たした。ヤマハ、ジルジャン・エンドーサー。

村上敦宏(むらかみ・あつひろ)[Drum Tech]
林 立夫、ウルフルズ、X-JAPANを始めとするジャンルを超えた多彩なフィールドで活躍するドラム・テック。オールラウンドな音作り、徹底的なメンテナンスに定評がある。これまでにチューニングのノウハウを収録したDVDを3作発表。国立音楽院ドラムカスタマイザー科講師として後進の育成にも取り組む。

製品レビューREVIEW

製品ニュースPROUCTS